明智お光の苦悩
手近な茶屋に入り、二人ぶんの茶と茶菓子を頼み話しを切り出す。徳川軍をどう使うかが、これからの天下統一に重要となってくるのだ。まずは、松平を徳川家康にしなければ。

光秀の申し出に二つ返事で快諾した松平は、やはり元来気が良いのだろう。
というよりも、噂の明智光秀と話してみたい気持ちが多少あったのだろうが。

「…それで松平殿、話し…なのですが。」

「?はい。」

「今川殿が織田軍へ準じる中で、松平殿はどうなさるのかとお聞きしたいのです。」

運ばれてきた茶を一口啜り、松平は口を閉ざした。本人も考える所があったのだろう。暫く静寂に包まれる中で、光秀は特に促しもせずにただ待つことにする。

やはり忍耐の人物だな。歴史的には信長、秀吉の次に天下を得るだけはあるか。しかしこう顔が整った者が多いなあ…この世界は。

「幼き頃より今川様の元で人質として過ごして参りました。しかし、今川様が織田軍に追従するならば、某もそうするのが筋かと。」

そう言いつつも悩んでいるらしい。光秀と視線が合わさる事は無い。ふむ、少し後を押せば上手くいくかもしれないな。

「本当にそれでよろしいのですか?松平殿は以前織田家に居り、信長様の遊び相手を勤められたとか。…今まで様々な場所にて忍耐強く生きてこられた、敗軍の将に準じるよりも今川を出て一人たつべきでは?」

この言葉には驚き目を見張っている。少々言い過ぎたか?だからと言って撤回する気は無いが。お咎めを食らったらまあそれまでだ。

驚き固まる松平だが、直ぐに動揺を隠して口を開く。

「…明智殿は何故、そこまで某を買ってくださるのですか?」

まあ、当然の疑問だ。
織田家にて一定の地位を持つ者が、態々この様に時間を割いてアドバイスをする意味は無いのだから。

「松平殿の、質素堅実で努力家な噂を耳にしておりまして。会ってみたいと思っていたのですよ。」

「…そう、なのですか。」

瞬きする相手は、照れ隠しに頬を掻いた。
どうにか松平の気持ちを変えねば!

「実際に会えて嬉しく思いますよ。思っていたよりも、ずっとお優しい…此方のお助けしたくなる方でしたので。」

絶対魅了の微笑みで、松平の瞳を離さない。この時期を逃してはいけない気がする。直感的にそう思ったのだ。

(…何と此処まで誉められたのも期待を持たれたのも、始めてだ。明智殿の声はなんと耳に柔らかく響くことだ。)

「…明智殿。」

「はい、松平殿。」

「ずっと悩んでいた事がありましたが、貴方との話しで心が定まり申した。」

それは良かった、と深くは聞かずに頷く。そんな点も松平には好ましく思えたようだ。雰囲気も良い方向に向かった事だし、この茶菓子を食べるか。うう、この時代は干菓子が多いなあ…ケーキとか、プリンが食べたい。

モグモグとそれでも干菓子を堪能する姿に、松平は「某のもどうぞ」と差し出してくる。
ええ!?うわ、この人良い人だ。甘い物を好む光秀はついついほだされ、嬉しく頬を緩めていた。勿論、相手の心情など分かる筈も無い。

「有り難く頂きます。松平殿は良き方だ…。」

その表情に見惚れ、また甘い物を送ろうと決心する松平である。






食べ終えると、城まで案内をし既に到着していた今川義元に挨拶をする。公家風の化粧を施した冷たい雰囲気の男だが、話した雰囲気は悪く無かった。それでも一つ解せない事もある。

うん。滅茶苦茶下手な和歌を送られたのだ。確か今川義元は趣味人だったっけ?領主としての腕は良いが、此処は尊敬出来ないね。
なので「次はもっとマシな歌を作ってください」という意味の和歌を丁重に送って置いた。

「…なんと無礼な!」

顔を真っ赤にして睨んできたが、素知らぬ振りを通す。松平は信長と面識があったので、何か話しを交わし会っていた様だ。今川からの独立を果たしてくれれば良いが。

むきー!とぷんすか怒る今川義元を見送り、にこりと爽やかに笑う松平を丁寧に挨拶を交わし見送る。松平の側に居たあの体格の良い少年…彼も戦国武将っぽいな。いずれ、また会うだろう。

「…明智様、細川殿からでございます。」

「ああ、すまぬ。礼を言う。」

最近信長の小姓となった少年から自分宛の手紙を受け取り、部屋に戻り開く。

「…ふむふむ。え?今度来るのか。」

細川藤孝の訪れに、僅かの波乱と期待を思う光秀であった。




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