明智お光の苦悩
着いた尾張一行が通されたのは、広い客間である。しかし、物々しい空気に包まれていた。理由は簡単…激昂する斉藤道三が上座にて此方を睨み据えていたからだ。
うん、スッゴく怖い。
斉藤家の家臣達も恐怖でか、何も言わず俯いている。いやいや、流石に何か言おうか?確かに怖いよ。貫禄もあるし、強面だしね。…でもさ、下座なのは良いとして席も無いのは頂けない。
あくまでも、対等な会談の筈だ。
信長はと云えば、斉藤道三の迫力に気圧される事も無く、普段と変わらぬ余裕のある態度のまま席も無い下座へと腰を下ろし胡座をかいた。
「…さて、直ぐに会談を始めるか?」
ザワっと斉藤家の家臣達がざわめく。空気を読まぬその態度に、うつけか大物かと物議を醸しそうだ。勿論更に怒りを増す斉藤道三は、立ち上がり此方へ一歩踏み出した。その最中、光秀は気付いた。斉藤道三の最も近くで笑う男…斉藤道三の息子の、確か義龍だったか。もしや?
「このシれ者が!会談の場に遅れて置きながら、よくもぬけぬけと顔を出したものよ!」
斉藤道三の雷が落ちる。そのまるで一種の災害の様な声は、気の弱い者なら気を失う程である。しかし信長は、扇子さえ開き相手を見上げたまま「暑いの」とパタパタと顔を仰いでいる。
その瞬間、斉藤道三の手が刀の柄にかかった。織田家の誰もが信長の死を覚悟し足を踏み出した時には、光秀が既に斉藤道三の目の前に座り姿勢を正す。
人間というのは、怒っている中で声を荒げられれば更に怒りを増すだけだ。ならば、逆に努めて冷静に対する。斉藤道三の迫力は物凄いが、決して退いてはならない。
突然の信長の目の前に座した相手を見つめ、怒りが張り裂けんばかりの斉藤道三も僅かに冷静さを取り戻す。
「…貴様は一体?」
「織田信長が家臣、明智 光秀と申します。殿を切り伏せる前に、一言よろしいでしょうか?」
まだまだ怒りの解けぬ斉藤道三だが、静かに響く光秀の声に耳を傾ける気が起きた。何より、一睨みで幾人も殺せるであろう自分の睨みに憶さない相手に興味が生まれたのだ。
「申してみよ。下らぬ事ならば、分かっておるな?」
はい、と頷く。背中に信長の視線を感じる。大丈夫、私は死ぬつもりは無い。柴田殿の真っ青な顔に少し笑いそうになり、唇を噛み堪える。
「…確かに遅れたと聞き及びました。しかし、此方の約束の時間は今よりも一刻後でございます。もしや、途中で伝令か何かの手違いであったかと存じます。」
「…何?つまり、そちらに否は無いと?」
よし。此処が正念場だ。
「ええ。ありません。…むしろ、我々は尾張より態々此方へ参っているのです。言わば客人、受け入れる方はその程度の差異を気にする方が器の程度が知れますね。我が殿ならば、半日遅れようと瞬きすらしますまい。」
淡々と言い募る光秀の首筋に、刀の切っ先が触れる。米神に青筋を浮かべる斉藤道三の顔が瞳に映った。
「儂の器が小さいと抜かすか?小童が!!」
息子の斉藤義龍すら青ざめて震えるその怒りだが、光秀は違った。立ち上がりかけた信長に目で制し、ゆるりと立ち上がる。その口元には、冷たい笑みを浮かべて。
光秀はキレていた。元来理不尽な事に由としない性格である。普段の口調は作っており、言葉遣いも元々良くは無い。
「だあれが小童だクソジジイ?元々対等な会談の筈が上座にふんぞり返ってるのを許してやってんだよこっちは。その上席もなく我慢しているわ、証拠も見ずに此方が悪いと決めつけられてうんざりだよ、ふざけるな。」
あくまで声を荒げずに早口で言い終えた途端に正気に戻り、直ぐにもう一度座り素直に頭を下げた。まずい、頭に血が昇ってしまった。
「…申し訳ありません。言葉が過ぎましてございます。処分はなんなりと。」
斉藤家家臣からは怒りに満ちた罵詈雑言が飛び交うが、織田家家臣達は、あの美しい明智光秀から出た似合わぬ口調に驚きながらも、よくぞ言ってくれたと尊敬の目が集まっている。
流石に生きては帰れないか?
光秀の不安のまま、斉藤道三が近付いてくる。信長が足を踏み出し光秀の前に出た丁度、思いも寄らぬ景色に呆気に取られた。
「…クク…ワーハッハッハッハッハ!」
笑う斉藤道三。壊れたか?僅かに戸惑う光秀を守る様に居る信長にほっとしつつ、相手を注意深く眺める。
「…貴様…明智と言ったか?気に入ったぞ!なんと言う胆力だ。儂が睨めば泣くか平伏す者ばかりでおったのに。小気味良いではないか!」
ワッハッハと笑う相手に動揺してしまう。つまり、殺されはしないという事か。
「のう、明智よ?良ければ美濃へ来ぬか。息子へ付ける臣下を考えておった所だ。お主なら…「申し訳無いが」
何故か気に入られたらしく目の前で美濃にスカウトされていると、側に居る信長の声がそれを遮る。
「…他の何をやっても良いが、明智光秀は有り得ない。この者は俺だけの者。例え俺を殺そうとも、黄泉より光秀を奪い返しにくると思っておかれよ。」
それなりに敬意はあるのか、斉藤道三へは多少の言葉遣いは改善されているが、内容は酷いものだ。
うわうわ…恥ずかしい。光秀の頬が僅かに赤らむ。今は斉藤道三と信長に視線が行き気付かれて居ないが、信長に直ぐに気付かれて微笑まれる。
「…愛しているぞ、光よ。」
「だ、とり、とりあえず、黙って下さい…信長、様。」
斉藤道三は混乱しているのか、そんな二人の囁きも気付いていない様だが直ぐに立ち直っていた。
しかし、光秀及び自分に堂々と接する信長を大層気に入った様で、その場でしっかりと「濃姫を尾張へ嫁がせる」事を確約したのだった。
斉藤義龍はそれをずっと睨んでいたが。
やはり違う時間を伝えたのは彼だと思うんだよね。いやそれよりよし、濃姫が来れば信長も私への執着も無くなる筈。
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うん、スッゴく怖い。
斉藤家の家臣達も恐怖でか、何も言わず俯いている。いやいや、流石に何か言おうか?確かに怖いよ。貫禄もあるし、強面だしね。…でもさ、下座なのは良いとして席も無いのは頂けない。
あくまでも、対等な会談の筈だ。
信長はと云えば、斉藤道三の迫力に気圧される事も無く、普段と変わらぬ余裕のある態度のまま席も無い下座へと腰を下ろし胡座をかいた。
「…さて、直ぐに会談を始めるか?」
ザワっと斉藤家の家臣達がざわめく。空気を読まぬその態度に、うつけか大物かと物議を醸しそうだ。勿論更に怒りを増す斉藤道三は、立ち上がり此方へ一歩踏み出した。その最中、光秀は気付いた。斉藤道三の最も近くで笑う男…斉藤道三の息子の、確か義龍だったか。もしや?
「このシれ者が!会談の場に遅れて置きながら、よくもぬけぬけと顔を出したものよ!」
斉藤道三の雷が落ちる。そのまるで一種の災害の様な声は、気の弱い者なら気を失う程である。しかし信長は、扇子さえ開き相手を見上げたまま「暑いの」とパタパタと顔を仰いでいる。
その瞬間、斉藤道三の手が刀の柄にかかった。織田家の誰もが信長の死を覚悟し足を踏み出した時には、光秀が既に斉藤道三の目の前に座り姿勢を正す。
人間というのは、怒っている中で声を荒げられれば更に怒りを増すだけだ。ならば、逆に努めて冷静に対する。斉藤道三の迫力は物凄いが、決して退いてはならない。
突然の信長の目の前に座した相手を見つめ、怒りが張り裂けんばかりの斉藤道三も僅かに冷静さを取り戻す。
「…貴様は一体?」
「織田信長が家臣、明智 光秀と申します。殿を切り伏せる前に、一言よろしいでしょうか?」
まだまだ怒りの解けぬ斉藤道三だが、静かに響く光秀の声に耳を傾ける気が起きた。何より、一睨みで幾人も殺せるであろう自分の睨みに憶さない相手に興味が生まれたのだ。
「申してみよ。下らぬ事ならば、分かっておるな?」
はい、と頷く。背中に信長の視線を感じる。大丈夫、私は死ぬつもりは無い。柴田殿の真っ青な顔に少し笑いそうになり、唇を噛み堪える。
「…確かに遅れたと聞き及びました。しかし、此方の約束の時間は今よりも一刻後でございます。もしや、途中で伝令か何かの手違いであったかと存じます。」
「…何?つまり、そちらに否は無いと?」
よし。此処が正念場だ。
「ええ。ありません。…むしろ、我々は尾張より態々此方へ参っているのです。言わば客人、受け入れる方はその程度の差異を気にする方が器の程度が知れますね。我が殿ならば、半日遅れようと瞬きすらしますまい。」
淡々と言い募る光秀の首筋に、刀の切っ先が触れる。米神に青筋を浮かべる斉藤道三の顔が瞳に映った。
「儂の器が小さいと抜かすか?小童が!!」
息子の斉藤義龍すら青ざめて震えるその怒りだが、光秀は違った。立ち上がりかけた信長に目で制し、ゆるりと立ち上がる。その口元には、冷たい笑みを浮かべて。
光秀はキレていた。元来理不尽な事に由としない性格である。普段の口調は作っており、言葉遣いも元々良くは無い。
「だあれが小童だクソジジイ?元々対等な会談の筈が上座にふんぞり返ってるのを許してやってんだよこっちは。その上席もなく我慢しているわ、証拠も見ずに此方が悪いと決めつけられてうんざりだよ、ふざけるな。」
あくまで声を荒げずに早口で言い終えた途端に正気に戻り、直ぐにもう一度座り素直に頭を下げた。まずい、頭に血が昇ってしまった。
「…申し訳ありません。言葉が過ぎましてございます。処分はなんなりと。」
斉藤家家臣からは怒りに満ちた罵詈雑言が飛び交うが、織田家家臣達は、あの美しい明智光秀から出た似合わぬ口調に驚きながらも、よくぞ言ってくれたと尊敬の目が集まっている。
流石に生きては帰れないか?
光秀の不安のまま、斉藤道三が近付いてくる。信長が足を踏み出し光秀の前に出た丁度、思いも寄らぬ景色に呆気に取られた。
「…クク…ワーハッハッハッハッハ!」
笑う斉藤道三。壊れたか?僅かに戸惑う光秀を守る様に居る信長にほっとしつつ、相手を注意深く眺める。
「…貴様…明智と言ったか?気に入ったぞ!なんと言う胆力だ。儂が睨めば泣くか平伏す者ばかりでおったのに。小気味良いではないか!」
ワッハッハと笑う相手に動揺してしまう。つまり、殺されはしないという事か。
「のう、明智よ?良ければ美濃へ来ぬか。息子へ付ける臣下を考えておった所だ。お主なら…「申し訳無いが」
何故か気に入られたらしく目の前で美濃にスカウトされていると、側に居る信長の声がそれを遮る。
「…他の何をやっても良いが、明智光秀は有り得ない。この者は俺だけの者。例え俺を殺そうとも、黄泉より光秀を奪い返しにくると思っておかれよ。」
それなりに敬意はあるのか、斉藤道三へは多少の言葉遣いは改善されているが、内容は酷いものだ。
うわうわ…恥ずかしい。光秀の頬が僅かに赤らむ。今は斉藤道三と信長に視線が行き気付かれて居ないが、信長に直ぐに気付かれて微笑まれる。
「…愛しているぞ、光よ。」
「だ、とり、とりあえず、黙って下さい…信長、様。」
斉藤道三は混乱しているのか、そんな二人の囁きも気付いていない様だが直ぐに立ち直っていた。
しかし、光秀及び自分に堂々と接する信長を大層気に入った様で、その場でしっかりと「濃姫を尾張へ嫁がせる」事を確約したのだった。
斉藤義龍はそれをずっと睨んでいたが。
やはり違う時間を伝えたのは彼だと思うんだよね。いやそれよりよし、濃姫が来れば信長も私への執着も無くなる筈。
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