呟き以上、物語未満
まだ、はじまってもいない
「もう、緊張しているの?」
キティが少し困ったように眉根を寄せている。
それでも肩を揺らして、笑いをこらえるのもそろそろ限界だとばかりだ。
「そりゃあ…するだろう」
対して、キースは頬をかいた。
視線を落ち着きなく泳がせており、キティを直視できずに居る。
しばらく様子を見ていたが、一向に落ち着かないキースにキティは痺れを切らせて「もう」と小さく息を吐いた。
「いや…だったかしら?」
「そんなわけがない」
遠慮がちに言ったキティの言葉を、すぐに否定した。
ただ…そこで自身を見つめる愛する人の視線が不安に揺れていることに気づき、言葉を重ねる。
「違う…いやなわけがない……ちゃんと、嬉しい…」
そこでキースは、己の顔が赤く染まっていることを自覚した。
──嗚呼、本当に…君と居ると、混乱することばっかりだ。
これまでだって。
こんな顔をしたことは、君にかかわることばかりだ。
こんな気持ちになったのは、君と居る時ばかりだ。
こんなにも…理解できないほどの感情に胸が満たされるのは、いつも君のおかげだ。
そんな混乱なら苦痛じゃない。
思えてしまうなら、それはもう手に負えない。
キースは自然と、笑みをこぼした。
「…君がくれるものはいつも俺を驚かせるなと…そう、思ったんだ」
「何を言っているの」
今度はキティが、キースの言葉を遮る。
少し頬を膨らませたのち、すぐに笑みを浮かべる。
「まだまだ、これからなのよ」
「まだ?」
キースが首を傾げると、キティは少し膨らんだ腹部を愛しそうに撫でた。
「この子が産まれて、大きくなって…それを私たちは見守って…そうしていたらいつの間にか、二人ともおじいちゃんとおばあちゃんになっちゃうんだから」
「…すごいな。本当に…まだまだ、だ」
「そうよ。きっと…いいえ、絶対、まだいっぱい驚くことがあるわ」
「へぇ。そりゃあ、覚悟しなくちゃいけないな?」
とてつもない話だ。
キースは心から、そう思う。
家族を知らない。
見たことはあっても、そんな空間に自分が居ることはまだ想像もできない。
だから今のキースに…彼女の話す世界が、鮮明に見えることはない。
夢のようで、おとぎ話のようで、輪郭もなければ、色彩さえない。
そんな世界は見えていたとしても無、だ。
何も知らない、未知の世界。
そこに足を踏み入れるのは誰だって少しは怖いものだ。
「大丈夫よ」
キースの心を見透かしたように、キティは彼の手をとった。
「それが一度に来るわけじゃないし…全部、一つずつよ。それに、不安なのは私も一緒」
キティは続ける。
「でも、貴方が居てくれたら大丈夫とも思うわ。何があっても」
「…俺も、君も、一人じゃない?」
「そうよ。二人…いいえ、もうすぐ、三人になるわ」
「そうか。いや…そうだな」
キースは大きく息を吐いた。
父親とは何か、キースは知らない。
役目とすれば家族を守る盾であり、彼らを支える男親といったところか。
それでも…きっと、家族とは一人で守るものではない。
守り切れるものでもない。
そんなものであれば、キースではなれない。
だから、一つ考える。
このキティのお腹に居る、まだ見ぬ子供にキースができること。
それは「生きる姿を見せること」くらいだ。
幸福に…という、曖昧なものは願えない。
何の困難もなく、誰に苛まれることなく生きることの、何と難しいことか。
少なくとも、キースはその幸福を信じていないのだ。
ならば、せめて。
どうか。
どうか。
健やかに。
諦めずに生きてほしい。
まだ始まっていない我が子に託すのは、そればかり。
そのためならいくらでもこの身を盾にしよう。
だが、願わくば…穏やかなる時間こそ、共に過ごせるように。
そして、それらの願いはキティと共にある未来なら、きっと大丈夫。
彼にしては清々しい気持ちで、そう思えた。
-Fin
キティが少し困ったように眉根を寄せている。
それでも肩を揺らして、笑いをこらえるのもそろそろ限界だとばかりだ。
「そりゃあ…するだろう」
対して、キースは頬をかいた。
視線を落ち着きなく泳がせており、キティを直視できずに居る。
しばらく様子を見ていたが、一向に落ち着かないキースにキティは痺れを切らせて「もう」と小さく息を吐いた。
「いや…だったかしら?」
「そんなわけがない」
遠慮がちに言ったキティの言葉を、すぐに否定した。
ただ…そこで自身を見つめる愛する人の視線が不安に揺れていることに気づき、言葉を重ねる。
「違う…いやなわけがない……ちゃんと、嬉しい…」
そこでキースは、己の顔が赤く染まっていることを自覚した。
──嗚呼、本当に…君と居ると、混乱することばっかりだ。
これまでだって。
こんな顔をしたことは、君にかかわることばかりだ。
こんな気持ちになったのは、君と居る時ばかりだ。
こんなにも…理解できないほどの感情に胸が満たされるのは、いつも君のおかげだ。
そんな混乱なら苦痛じゃない。
思えてしまうなら、それはもう手に負えない。
キースは自然と、笑みをこぼした。
「…君がくれるものはいつも俺を驚かせるなと…そう、思ったんだ」
「何を言っているの」
今度はキティが、キースの言葉を遮る。
少し頬を膨らませたのち、すぐに笑みを浮かべる。
「まだまだ、これからなのよ」
「まだ?」
キースが首を傾げると、キティは少し膨らんだ腹部を愛しそうに撫でた。
「この子が産まれて、大きくなって…それを私たちは見守って…そうしていたらいつの間にか、二人ともおじいちゃんとおばあちゃんになっちゃうんだから」
「…すごいな。本当に…まだまだ、だ」
「そうよ。きっと…いいえ、絶対、まだいっぱい驚くことがあるわ」
「へぇ。そりゃあ、覚悟しなくちゃいけないな?」
とてつもない話だ。
キースは心から、そう思う。
家族を知らない。
見たことはあっても、そんな空間に自分が居ることはまだ想像もできない。
だから今のキースに…彼女の話す世界が、鮮明に見えることはない。
夢のようで、おとぎ話のようで、輪郭もなければ、色彩さえない。
そんな世界は見えていたとしても無、だ。
何も知らない、未知の世界。
そこに足を踏み入れるのは誰だって少しは怖いものだ。
「大丈夫よ」
キースの心を見透かしたように、キティは彼の手をとった。
「それが一度に来るわけじゃないし…全部、一つずつよ。それに、不安なのは私も一緒」
キティは続ける。
「でも、貴方が居てくれたら大丈夫とも思うわ。何があっても」
「…俺も、君も、一人じゃない?」
「そうよ。二人…いいえ、もうすぐ、三人になるわ」
「そうか。いや…そうだな」
キースは大きく息を吐いた。
父親とは何か、キースは知らない。
役目とすれば家族を守る盾であり、彼らを支える男親といったところか。
それでも…きっと、家族とは一人で守るものではない。
守り切れるものでもない。
そんなものであれば、キースではなれない。
だから、一つ考える。
このキティのお腹に居る、まだ見ぬ子供にキースができること。
それは「生きる姿を見せること」くらいだ。
幸福に…という、曖昧なものは願えない。
何の困難もなく、誰に苛まれることなく生きることの、何と難しいことか。
少なくとも、キースはその幸福を信じていないのだ。
ならば、せめて。
どうか。
どうか。
健やかに。
諦めずに生きてほしい。
まだ始まっていない我が子に託すのは、そればかり。
そのためならいくらでもこの身を盾にしよう。
だが、願わくば…穏やかなる時間こそ、共に過ごせるように。
そして、それらの願いはキティと共にある未来なら、きっと大丈夫。
彼にしては清々しい気持ちで、そう思えた。
-Fin