秘書と野獣

***


「本当にすみません。ありがとうございます! それじゃあ失礼いたします!」

コンシェルジュに深々と頭を下げると、ウサギは読んで字の如く逃げるようにマンションを後にした。足音が消えたことを確認するなりむくりと体を起こす。
すると俺を支えていたコンシェルジュが目を丸くした。

「すみません。事情があって酔ったフリをさせてもらいました」
「…そういうことでしたか。珍しいこともあるものだと思ったのですよ」
「はは、すみません。こうでもしないと逃げ足の速いウサギを捕らえることができませんで」
「ウサギ…ですか?」
「はい。白ウサギが急いで逃げていったでしょう?」

言わんとすることが理解できたのか、驚きながらもなるほどとコンシェルジュが頷く。

「すぐに連れ戻して来ますので。ついでに言うとこれからはここがそのウサギの住処となりますので、よろしくお願いします」
「ははは、かしこまりました。ではお帰りをお待ちしております」
「ありがとうございます。では行ってまいります」

穏やかな笑みを浮かべて腰を折ったコンシェルジュに軽く頭を下げると、ウサギの残した微かな香りを辿るようにして駆け出した。

予定外に時間を食われたことで今頃あいつは顔色を変えて自宅へと急いでいることだろう。きっとそこには既にまとめられた荷物があって、住み慣れた場所の思い出に浸る暇もなく大慌てで出て行くに違いない。



_____まさかそこに俺が待ち構えているだなんて思いもせずに。


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