【完】『そろばん隊士』幕末編

岸島には不思議でならないことがあった。

まず積立金が行方知れずになったこと、伊東から隊を去りたいと申し出たこと、さらには坂本暗殺で原田が疑われたこと…である。

のちに検死から二刀流の使い手として新徴組の桂某という名も上がったが、どちらにせよ倒幕佐幕で分けると佐幕である。

これらのことどもから、

「案外、坂本は島津あたりから狙われたのではあるまいか」

と、のちに土方の主治医であった手塚良仙が述懐しているが、そうした噂も当時からささやかれた。

繋ぎあわせると、薩摩とも通じた伊東派の誰かが始末した…と見るのが、辻褄の合う話で、

「とすれば…毛内くんあたりかも知れぬな」

と、岸島と監察の同役であった尾形俊太郎は言った。

この話を岸島は原田にだけ打ち明けると、

「毛内有之助、か」

と原田は呟いた。

「検死書によると坂本は背に傷があって、右の脇腹から逆さ袈裟に左肩へと斬られている、とある」

つまり右に刀を差し、左に刀を持って、下から斬り上げなければ出来ない傷なのである。

「いかに新撰組に手練れが数多あるとはいえ、左手で刀を操るのは…毛内どのただ一人」

岸島の見立てが正しいかどうかは分からなかったが、このときの原田にはかなりの説得力を持って聞こえたらしい。



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