身代わりペット
そうか。

火事のゴタゴタで、課長は和矢と別れたって事を聞いていなかったんだ。

「あ、えっとですね」

「咄嗟にウチに来い、なんて言ったけど、彼氏の家に行った方が良かったんじゃないか?」

「ええっと……」

どうしよう。

もう一度言うべきか?

でも、ここで『彼氏とは別れてます』って言ったら、下心がある様に思われちゃうかな?

さっきも、課長の家に来る事をすんなりOKしてしまったし、尻軽みたいに思われちゃうかな?

(でも……)

なんでか分からないけど、なんとなく「彼氏がいる」って思われているのが嫌だな、と思った。

だから、やっぱりもう一度言おう。

「あのですね、課長」

「うん」

「さっきもお伝えしたんですが、実は私、彼氏とはもう別れているんです」

言った。

さっきも言ったけど、もう一度言ったぞ!

窓越しに見える夜景から、一切目を逸らさずに言った。

私は、その先の言葉に詰まって、黙る。

チラッと視線だけを動かして窓に映る課長を見たら、凄く驚いている様子だった。

(そりゃそうだよね。以前、あんなに勢いよくここを飛び出してまで会いに行った相手だもん。別れたなんて聞いたらビックリするよね)

「そうだったのか……。え、さっき言った?」

「はい。私のアパートに曲がる角の所で」

「……ああ!あの時か!」

思い出した様で、課長が大きく頷く。

「すまん。言いにくい事を何度も言わせてしまって」

「いえ、良いんです。気にしてないので気にしないで下さい」

「そうか?」

「はい」

また二人で黙って夜景に目を向ける。
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