さよなら流れ星
冗談を言うなんて、めずらしいなと思った。
あたしの知ってる流星は、冗談なんて滅多に言わない真面目な、ちょっと面白みに欠けるくらいの男の人だったから。
「つまんない冗談やめてよ。ハチ公はハチ公だよ、忠犬ハチ公。」
『冗談なんかじゃないって、ハチ公前って何言ってんのさ。』
はあ、と気の抜けた炭酸みたいな声が漏れる。
「渋谷に住んでてハチ公知らないなんて冗談通じると思ってるの?それどころか日本人で知らない人だっていないんじゃない?」
『そりゃ、ハチ公のことは知ってるよ。知ってるけど。』
それから流星はなにかを言おうとして口ごもった。
頭のてっぺんから一気に体温が下がっていくような感覚。
「あたしに、会いたくないならはっきりそう言えば良いじゃない。」
『そんなことない。』
「じゃあなによ、なんなのよ!」
あたし一人で浮かれて馬鹿みたいだ。
視界がぼやけて唇を噛みしめる。
スマホを地面に投げつけたい衝動に駆られながら、流星の言葉を待つ。
ぽつり、と汗がコンクリートの地面にシミをつくったのと、流星の言葉が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
『だってハチ公は、20年前に無くなったじゃないか。』