その笑顔が見たい

その言葉に足が止まった。
振り向き桜木を見下ろす。

「やっぱりそっか。翔ちんが急いでる訳」


「…」


「葉月ちゃんね、今日のお昼はお休みなんだって」


桜木が葉月を連発するのを誰かに聞かれたくなくて、数段登った階段を降り桜木と距離を縮める。


「なんで知ってんの?」


「おばちゃんに聞いた」


「なんて?!」


「葉月ちゃんはいますか?って」


「おい!」


「大丈夫だってー、翔ちんのことは何も言ってないから」


「当たり前だ!で?」


「で?ん〜他にも何か聞かなかったかってこと?」


「…」


「聞いたよ」


「何を」


「今日は夕食の時に葉月ちゃんは来るんだってー」


「そっか」

急に肩の力が抜けて、階段に腰を下ろす。


「翔ちん、食事は?昼休み終わっちゃうよ」


「ん、午後の外回りの時に適当に食べるわ」


葉月かもしれないと期待を膨らませてお昼まで過ごしていた。
打ち合わせ中、時間を気にしたり、慌てて帰社したり、今までの自分ではありえないことだった。情けない。


「冷静にならなきゃな」


重い腰をあげ、桜木の肩を叩き二人でオフィスへ戻った。
ほとんどの人がエレベーターを使うから、フロアの端にある階段には人が来るのは稀だ。
このやり取りを誰かに聞かれているなんて、思いもしなかった。



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