新宿ゴールデン街に潜む悪魔
会員制バー ジッポ
「まいどー!なんやヒビちゃん今日は誰もおらへんやないか!」

新宿ゴールデン街の片隅の二階にある会員制バー「ジッポ」の扉を開けるや否や村岡は関西弁で言った。

「あ、いらっしゃいませー。そうなんですよ。雨だからですかねー?仏滅だからかもしれない」

「仏滅関係あらへんやろ。しょーもないことぬかすな」

笑いながら村岡はショートホープに火をつける。彼はかなりのヘビースモーカーである。

「あ、じゃあ俺も失礼します」

響もことわりを入れてからアメリカンスピリットにジッポで火をつける。響はジッポライターとつばの大きい帽子をコレクションしている。ジッポという店名もそこから来ている。

村岡が大きな体を捻ってストレッチのようなことをしながら、つまらなそうな顔で言う

「なんや最近おもろいことないなー。なんかないんかいや?」

「おもしろいことは自分で作るものですよ。見つけると言いますか」

「まー、せやなー。でも俺はおもしろアンテナビンビンに張っとるんやで。それでも大しておもろいことないんや」

響は少し考えてからニヤリとしてこう言った。

「なんか犯罪でもしますか?」

村岡が苦笑する。

「犯罪?」

「そう。犯罪です。いい人が傷つかないような」

「なんやそれ?本気でゆーてんのか?」

「いい人が傷つかないならよくないですか?悪人を懲らしめるとか。ある種ヒーローですよ。金持ちの宝石を盗むなんてのもいいですね」

村岡は冗談と捉えたのか話に乗る。

「おもろいな。やろか。ルパンみたいなこと」

響の目が鋭くなる。

「本気ですよ。俺は」

その眼光に少したじろぐ村岡。

「お、おう。じゃー夜も長いし何するかゆっくり考えよか」

ジッポは21時から朝5時までやっている。現在0時半。犯罪の案を出す時間は十分にあった。

「なんか楽しいわ。殺人以外やったら俺もしてみたいかも」

「殺人は、駄目ですか?明らかに人に迷惑をかけてるような輩を殺すのは」

「うーん、まあ悪くはないかもしれんけど、俺はやりたくないなー」

「そうですよね」

灰色で木製の店のドアが開く。香が来た。今日二人目のお客さんだ。

「センキュー!喉乾いたー!ビールくれない?ビール!ハートランドでいいよ」

香は20代後半とは思えない酒焼けした声で言う。

「了解しましたー」

素早くハートランドの栓を抜き香の前に差し出す。
そこで香は気付く。

「あ、村さんじゃーん!2日ぶりー!何の話してたの?」

「あー、なんや、おもろいことしたいなーゆーて」

響はきっぱりと言った。

「犯罪の話ですよ」



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