冬の恋、夏の愛
「あの……。誕生日なのでひとつ、お願いしてもいいですか?」

遠慮がちに、なにを? そう思いながら「なに?」と聞く。

「名前で呼んでもいいですか?」

「は?」

なんだ。そんなことか。意外なお願いに、拍子抜けした。

「あ、やっぱりマズイですか?」

「いや、別に。お好きなように」

名字だろうが、名前だろうが、好きなように呼べばいいのに。

「寿彦さん」

「あ……」

いきなり名前で呼ばれると、うれしいやら、恥ずかしいやら。『寿彦』って呼ばれ慣れているはずなのに、なんだか不思議な気分だ。

「莉乃って、呼んでください」

「え?」

いきなり、そう言われても。期待を込めた目でじっとみつめられたら、恥ずかしさに拍車がかかる。

「寿彦さん」

「……なに?」

思わず、苦笑いをした。ただ、それだけのことなのに、うれしそうにされるから、困る。

「……なに? 莉乃ちゃん」

ただ、名前を呼んだだけなのに。耳まで真っ赤にされるから、困る。今どき高校生でも、こんな純な子、いないと思う。

「こんなに幸せな誕生日、他にないです。ありがとうございます」

ペコリと頭を下げると、ニッコリと笑った。

「……ケーキでも、食う?」

そう言って、席を立つ。コートを羽織りながら、「いいんですか?」と聞いてきた。

「その言葉遣いを、やめたらね」

莉乃ちゃんは、お互いの名前を呼ぶことで、距離を縮めてきた。オレは、敬語をやめることで、距離を縮めたいと思った。

「うん」

うれしそうな笑顔に、心が躍った。でもそんなこと、絶対に知られたくなくて、キュッと唇を締めた。



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