冷たい雨の降る夜だから
 服を片付けに来たはずなのに、全く手に着かない。ああ、もうやだ。どうしよう。熱を持った頬に両手を当てて、思考をどこかに逸らしたくて部屋の中を見渡すと、段ボールの中に見慣れた背表紙があるのに気が付いた。

 大判の本と一緒に、一冊だけ高校の卒業アルバムが入っていた。先生自身のものではなくて、私の部屋にあるのと同じ、私の学年の卒業アルバム。

 先生、持ってたんだ。

 先生と付き合いだしてからは全く見ていなかったそれに、何気なく手を伸ばしてパラパラとめくる。

 はらりと小さな紙が落ちてきた。

 心臓が、止まるかと思った。見なくても、中に何が書いてあるか覚えてる。

 卒業式の日、私は物理実験準備室に行ったけど、先生は居なかった。だから私は、先生の机の上にあった紙に手紙を書いた。書きたい事は、なかなかまとまらなくて。少し書いては破ってを繰り返していったら、気づいたときにはA4サイズだった紙は葉書位の大きさになっていた。

 好きと怖いの間を彷徨っていた気持ちは全然まとまらなくて、ただ涙ばかりがが溢れたのを、今でも覚えてる。泣きながら一言だけ、どうしても言いたかった言葉だけを書いて、先生が戻ってこないうちに物理実験準備室を逃げ出した。

 卒業式の日に適当に挟んで、忘れたの? それとも…ちゃんと持っててくれたの?

 その答えは先生に聞くまでも無く、何気なく視線を戻した卒業アルバムが教えてくれた。

 18歳の私が居た。

 この手紙が挟まっていたのは文化祭の写真のページ、圭ちゃんと一緒に笑ってる私が居た。先生はちゃんと卒業アルバムの中の私を探してくれたんだ。私が授業中の先生を探したみたいに、クラスの写真じゃなく、ちゃんと笑ってる私のこと探してくれたんだ。

 嬉しくて泣きそうになって、急いで卒業アルバムを片付けて、キッチンに居た先生の背中にしがみついた。

「翠?」

「大好き」

 背中から先生の胸に腕を回してぎゅっとしがみつくと、先生が苦笑する。

「急になんだよ」

 先生のつれない態度がちょっと憎たらしかったりもするけれど、5年経った今も先生に言いたいことは何も変わってない。あの頃の私が言えなかった分たくさん言おう。

「先生、大好き」

 だって今なら、何のためらいも無く言えるから。
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