冷たい雨の降る夜だから
エピローグ
 日陰になる北校舎、職員室よりひんやりした空気に懐かしさを感じながら、私は物理実験室の奥に足を進めた。閉まっているドアに、ノックを3回。

「開いてる」

 返ってきた先生の返事は、物凄くそっけなかった。やっぱり怒ってるのかと恐る恐るドアを開けると、昔と変わらない定位置で、先生はプリントを針無しのステープラーで綴じていた。

「お邪魔、します」

「お前何してんだよ」

「なにって、圭ちゃんが卒業証明書貰いにくるって言うから、付き添い。美咲が一緒に行くって言うから、断りにくかったんだもん」

 怒った? と、ちらりと先生を見ると、苦笑された。

「別に怒っては居ないけど、職員室にお前居たらびびるだろ。メールくらいよこせよ」

「ごめんなさい」

 事前に教えたら、来るなとか言われそうな気がしたのだ。

 私の母校は、今日は春休み。美咲と圭ちゃんが二人とも土日出勤の仕事で休みが合わなくて、結局私が有り余っている有休を1日使わせてもらった。

 5年ぶりの物理実験準備室は、少しだけすっきりした印象だった。

「懐かしい?」

「うん」

 先生の斜め右前にある実験台、そこが私の定位置だった。

「ここでいっぱい、話したね」

「泣いたの間違いだろー?」

 返ってきた先生の答えに、思わず頬を膨らます。確かに沢山泣いたけど。初対面から泣いてて、次の日も泣いて、その後も私は事あるごとにこの部屋に泣きに来た。この部屋と先生は、そんな私をちゃんと受け止めてくれた。

「あれ、どうしたの?」

 あれと私が指したのは、二つ並んだ背の高いステンレス製のキャビネット。上の段はガラス張りの引き戸、下の段はステンレスの引き戸。その下段が一箇所、思いっきりへこんでいた。私が来てた頃はあんなに、というか全くへこんでなかった。

「蹴った」

「え、誰が?」

「俺。イライラして思いっきり蹴飛ばしたら予想以上にへこみやがった」

 先生が? キョトンとして先生を見上げてしまう。意外だ。先生は怒る時は静かに怒るタイプで、手は出ないほうだと思っていた。
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