冷たい雨の降る夜だから
 ◆

 美咲と会ったのは、夏休みに入って2日目の夕方。部活を終えた美咲と駅のコーヒーショップで待ち合わせをした。

 大輔には、結局何も言えなかった。直接会って言うべきなのは判っていたけれど怖くて堪らなくて、電話で「付き合えない」と一言伝えるのが精一杯だった。

 「だめだったって、渡辺から聞いたよ」

 美咲は、翠と大輔が別れたことを特に気にしていない様子で言った。

 「うん…ごめんね。折角紹介してくれたのに…」

 翠のせいで美咲が部活で居心地悪くなったりしないか凄く心配で、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「ううん、大丈夫。元々渡辺にどうしてもって言われて会わせたし。翠、道又先輩大好きだったから、だめだろうと――」

「道又先輩は関係ない!!」

 思わず出た声は、翠が思って居た以上に大きかった。美咲は驚いたように目を丸くしてて、翠は慌てて手元にあったカフェオレのストローをくわえた。カフェオレと一緒に溢れ出して来た色々な気持ちも飲み下して、翠は息をついた。

「ごめん……。本当に道又先輩は関係ないの」

 嘘をついた。関係ないどころか、大有りなのに。だけど、美咲が思っているような理由ではないのだ。むしろ逆で……美咲にもまだ、話す勇気が出ない。美咲は何か言いたげな様子で翠を見つめていたけれど、翠はその視線に気づかないフリをした。

 その後は、他愛のない会話をしようとしたのに、全然弾まなかった。

「ねぇ、翠」

 お店を出たときに美咲は少し言いにくそうに切り出した。

「言いたくないなら言わなくても良いんだけど……。でも、私は何があっても翠の味方だから。だから私に何か出来るなら、……話して欲しい」

 美咲の言葉が嬉しかった。だけど、結局…翠は美咲に全てを話すことは出来なかった。道又先輩にされたことを軽蔑されるのが怖くて。あとは新島の事を、誰にも……話したくなくて。

 誰かに話したら、今の新島との関係は、あっけなく壊れてしまうような気がしていた。

 美咲と別れた後、家に帰ろうと駅に向かって歩き出した翠は、前から歩いてくる人に目が釘付けになった。

 道又先輩……?

 ゾクリと背中を悪寒が走って、ぎゅっと自分の身体を両手で抱き締めた。

 違う!!絶対違う!!道又先輩は遠くの大学に行ったから、こんなトコに今居るわけない!他人の空似で……絶対別の人…っ

 頭の中では理性的に考えられるのに、身体は違った。足が震えて立っていられなくて……
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