冷たい雨の降る夜だから
 スマホを片手にお風呂のなかで、私は今日の出来事を反芻していた。6年振りに先生と会って、ご飯を食べて……。電車の中を思い出しただけで、頬が熱くなる。耳元で響いてくる先生の声は電話と同じなはずなのに、全然違った。高校生の頃よりずいぶん長くなった髪を指を絡めて梳いていく先生の手。頬を撫でてくれた先生の手の暖かさも、あの時の瞳も思い出しただけで胸がきゅうっとなるのに。

 肝心な事は、何一つ判らないままだった。

 先生がもう結婚しているのかも。彼女が居るのかも。怖くて聞く事すら出来ていない。

 そんな情けない自分にため息をついて、スマホは死守してブクブクと鼻までお湯に沈む。溢れ出てくる気持ちの意味は、嫌と言うほど判ってる。

 やっぱり好き。6年も会わなかったのに前と変わらずに、ううん、前よりずっと……大好き。

 握り締めていたスマホが震えて、飛び付くようにメールを開いた。

『家着いた。風呂入って寝る』

 開いたメールの素っ気なさに手が止まる。

 そうでした。先生は、メールが超絶そっけない人でした。前から知ってたけど、知ってはいても久しぶり過ぎて油断してた分、ダメージを受けてしまう。そう言えば昔もすっごく期待してメールを待っていて、そのたびに返信の素っ気なさやメールスルーで打ちのめされたのを思い出してため息をついた。

 何て送ったらいいか散々悩んだのに。明日も会うのか聞いていいのか判らなくて余計に悩んだのに。それなのに、風呂入って寝るってだけって……。打ちひしがれながらも返信しなきゃ、とスマホの画面に指を滑らせる。

『遅くまでありがとうございました。
明日仕事終わったら連絡します。
おやすみなさい』

 こんなもん、だよね? 明日の事もちゃんと確認できている……と思う。短いメールを何度か読み返して送信ボタンタップする。話すときは普通に話せるのに、メールだと何故か緊張して敬語になってしまう。絵文字も、先生のメールにはほとんど入ってこないから使うのを躊躇ってしまっていた。

 今度はすぐにメールが返ってきて、思わずそのメールを二度見してしまった。

『また明日。おやすみ』

 また明日ってことは、やっぱり明日も会えるんだよね……? 私が、来週まで会えないの嫌って顔してたから、明日も会ってくれるんだよね……? 高校生の頃あれだけ毎日会ってたのに、先生は一度もまた明日とは言ってくれたことが無かった。もう来るなとか、早く帰れとかそんなのばかり言われていたのに。そんな先生からの初めての『また明日』にとくんと胸が鳴る。

 たった二言の簡素なそのメールは、何度も何度も……先生の声で再生された。
< 65 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop