それはバーの片隅で

「大丈夫ですって。……あの日に猛反省したんですから」
「ふふ。そうですか」

 そうだ、とマスターは顔を上げた。

「そういえば、修司からききました。会社の先輩だったんですね」
「……あの日に聞いたんじゃないんですか?」
「ええ。つい最近です」

 頷きながらも手元を動かしはじめたマスターを前に、私はあわてて弁解する。

「気付かなかったのは、その……いいわけすると、私、篠原くんの直属ってわけじゃなくて」
「はは、大丈夫ですよ」

 マスターはわかっていると言わんばかりに頷いた。

「あの子は前髪とメガネだけで、だいぶ印象かわりますから」

 シェイカーを振りはじめたマスターを見ながら、私はここ数週間を思い出す。

(……篠原くんはなぁ…)
(会社で会っても普通にしてくれてるけど)
(なんか、調子くるう)

 マスターに話した通り、篠原くんとは同じ部署にいるだけで所属チームが違う。
 顔を合わせば挨拶もするけど、ほとんどと言っていいくらいまともに話したことがなかった。
 それはあの日以来も変わらなくて、社内で特に会話が増えたこともない。何ら変わらない。今まで通りだ。

(話すのはここで会った時くらいだけど……)

 今夜も店の奥から控えめな泣き声が聞こえてくる。


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