先生、僕を誘拐してください。
私が名前を名乗らずそう告げただけで、朝倉くんの隣にいた女性の顔色が変わった。
「朝倉くんには、近づかないでねっと言ってるのにお世話をしていただいています」
「一!」
血相を変えて、朝倉くんの両肩を掴むと強く揺さぶった。
それなのに当の本人はいつものように穏やかで落ち着いていてひどく不気味だった。
「近づかないでっていうのは、私だけじゃない。奏にも蒼人にもだよ」
「誤解を解きたいので言わせてもらうけど、決して俺は君に危害を加えたくて近づいたわけじゃないよ」
「もうやめなさい、一っ」
「だって悲しいじゃん。先生を憎む人がいるって。こんなに俺は好きでも、一生俺の好きな人は憎まれ続けてるんだ」
「……」
私と朝倉くんの話し声に、教室から先生も飛び出してきた。
うちの敦美先生とは違う、小さくて可愛らしいと評判の国語の佐々塚先生だ。
「どうしたの? 朝倉くんと武田さん」
「いえ。もういいです」
踵を返して歩き出す私に、身を乗り出して朝倉くんが叫ぶ。