君が望んだ僕の嘘

2.ようこそ美しい島へ


「はいはい、姉さん、お待たせさん」
船員のおじさんが、手早く乗降口の扉を開いた。
小さな高速船は、ようやく我那波島の港に着岸したのだ。

「やった!陸地だ!」
歩み板が桟橋にかかるやいなや、私は転がるように上陸した。

「あぁ・・、揺れてない。
しっかりした地面って、本当に素敵」
桟橋前にへたり込み、揺るぎないコンクリートをしみじみと撫でさすった。

わずかにいた同乗客の皆さんが、私を追い越しざまに吹き出していく。
でも、構うものか。
今はひたすらに大地に感謝すべきだ。

なんて、気分はすっかり遭難者である。
しかも、九死に一生を得たばかりの。

「生きてるって素晴らしいわ・・」
一人盛り上がる私はさておき。

我那波島の港は、こぢんまりしていた。
港と言っても、桟橋はたった一本しかない。
人の気配もない。

「ぶにゃ〜ん」
無愛想ながらも出迎えてくれたのは、まるまると太った三毛猫が一匹ぽっちだ。

「うわっ!なに、この猫」
のっそりと歩み寄ってきた三毛猫を見て、私は驚いた。
三毛猫はものすごく不細工だったのだ。
顔立ちというより、毛皮の模様が。

猫の模様を決める神様がいたとしたら、きっと、この三毛が順番の時には、居眠りをしていたにちがいない。

だって、模様がめちゃくちゃだ。
特に顔の部分がヒドい。
まるで下手くそなパッチワークみたいである。
ツギハギが激しすぎて、どこに目鼻が付いているんだか、分からないくらいだ。

しかも、性格もあまり良くないようだ。

「ぶにゃっ」   
私が餌を持っていないと察すると、あからさまに鼻を鳴らして、のっしのっしと日陰へ引き上げていった。

「なんだ、ありゃ」
ふてぶてしいったらありゃしない。

歓迎の意が感じられるのは、岸壁に書かれた『ようこそ我那波島へ』の文字だけ。
しかし、ペンキは見事にハゲチョロケだ。

え〜、忖度なく申し上げますと、港はどこもかしこもボンボロボンで、寂れまくっていた。
正面玄関である港が、この有様ということは、島内も推して知るべきだろう。

だが、ついさっきまで物理的な荒波に揉まれていた私にとって、うらぶれ具合など些事である。

要は、地面が揺れてなきゃいいのだ。

それに、初めての一人旅は、人気のない南の島で、のんびり静かに過ごしたいと思っていた。

寂れ具合は、むしろ大歓迎と言ってもいい。

「姉さん、落ち着いたか?
座ったっきりだけど、具合悪いのか?」
船員のおじさんが、心配そうに私をのぞき込んだ。
日焼けした眉間に、深々と皺が寄っている。 

「いえ、大丈夫です。
全然元気っす!」
これ以上、人の良さげなおじさんに、お手数かけるわけにはいかない。
私は勢いよく立ち上がった。

「それなら良かった。
それはそうと、姉さんは、この島には何しに来た?
観光か?
それとも、もしかしたらよ。
・・その・・島に知り合いや親戚でも来ているのか?」
おじさんはもごもごと言いよどんだ。

「はいっ、観光です。
しかも、人生初の一人旅です」
「へぇ〜、一人旅ね。
それはいいねぇ。
だったら、ゆっくり楽しんでいきなさいよ」

元気よく答えると、やっとおじさんの眉間の皺が溶けて無くなった。 
代わりに、開け放しな笑みが現れた。
目尻から浅黒い頬にかけて、くっきりとした笑い皺が浮かんでいる。
おじさんってば、笑うととってもチャーミングだ。 

「そうは言っても、この島には何にもないけどね。
あるのは海くらいやっさ」
謙遜しつつも、ご自慢なのだろう。
ぐいと背後の海を顎で指し示すおじさんは、ちょっとドヤ顔だ。

これは、旅行前に期待していたアレかな?
ほら、地元の人との心温まる交流!
来た来た!
来たぞ!

きらりと胸が踊った。 

「南の島って言ったら、海ですもんね。
私、すごく楽しみに・・」
ぺらぺらと調子よく喋りながら、おじさんの背中越しに、すぐそこの海をのぞき込んで。

私は絶句した。

鮮烈な「あお」に、目を奥底まで裂かれたのだ。

離島行きの波止場で眺めた海も、飛行機から見えた海原も、それはもう美しかった。
(高速船に乗っている最中の海は、眺める余裕なんてなかったから、遺憾ながら除外する)

例えるなら、翡翠やアクアマリン、エメラルドといった宝石を溶き流したようだった。

しかし、我那波島の海の「あお」は、今まで目にしたどの海よりも、美しく透き通っている。

これは、宝石の無機質な色じゃない。

まるで、あおい焔が燃えているみたいだ。

「・・すごい色・・。
こんなの見たことない。
これって青?
いや蒼かも。
それとも碧かな。
何なんだろう。
・・分からないや。
とにかくすごい」
なんとなく、大声で叫びたてるのがはばかられて、小さく囁いた。

「とにかくすごい」って、我ながら頭が悪そうな表現だ。
しかし、圧倒的な美しさは、口先の小賢しい賞賛なんか、絶対似合わない。

「気に入ったか?」
おじさんがのんびりと煙草をふかした。
何気ない風を装っているが、得意げに小鼻が膨らんでいる。

「はい、本当きれいです。
来て良かったです、我那波島!
こういう島を『天国に一番近い島』って言うんでしょうね」
思いつく限り、最高の賛辞を口にした。

ところが、である。
言い終えるなり、ふつりと、おじさんの笑みが消えしまったのだ。

「・・まあ、そうね。
この島はさ、ある意味グソーに近い島なのかもな」
何故か、おじさんは、またもごもごと言いよどんだ。
まだ吸い始めたばかりの煙草も、そそくさともみ消し、ぷいと私に背を向けてしまった。

「・・え?・・あの・・」
態度の急変に戸惑うが、おじさんはお構いなしだ。
やけに熱心に船周りの作業をこなしている。

ほんわかとした先ほどまでの温かさは鳴りを潜め、実に気まずい沈黙が満ちた。

何かマズい発言をしてしまったのだろうか。

「あの!えっと、グソーって何ですか?」
雰囲気を修復すべく、私は急いで口火を切った。

おじさんは一瞬だけ作業の手を止めて、私を振り返った。

「・・あぁ。
グソーってね、あの世って意味よ」

そうして、苦々しく呟き、それっきり私を振り返ることは無かった。
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