君が望んだ僕の嘘
第一章 《天国に一番近い島》


緑麗しい初夏の頃。
うら若き乙女が一人、
都会の喧噪を離れて、旅に出た。

薫る風に背中を押され、
眩しい日差しを額に受けて、
木の葉のような小さな船に乗って。

目指すは、人里離れた南の離島。

さあ、出発だ!
いざ、人生初の一人旅へ!
 
・・言ったら、どんなことを想像する?

普通、思い描くのは、以下の通りでしょう。

どこまでも広がる青く美しい海。
きらきらと輝く白い砂浜。
頬をなぶる柔らかな海風。
そして、地元の人達との心温まる触れ合い。
ついでに、ほっぺが落ちるくらい美味しい郷土料理。
・・などなど、素敵要素が盛りだくさんになるものじゃないですか。

心情を表すなら、ウキウキ、ドッキドキ、ワックワクだよね。 

ましてや、私、上條美羽は、花の女子大学生であります。
ぴっちぴちでピカピカの十九歳です。

もしかしたら、旅先でさ、泡沫のような淡く切ない恋に遭遇するかも・・なんて期待もするよね。
当然しちゃうよね?

それがうら若き乙女の、しかも人生初の一人旅(大事な事なので、重ねて主張します!)って言ったら、鉄板中の鉄板でしょ!

「ぐぅえぇえええええ!」
なのに、何故でしょうか?
私は今、南海を激走する高速船の甲板にて、脳味噌を激しく撹拌されてます。

「死ぃぬぅうううう!
脳味噌がっ、ホイップクリームになってっ!
死んでしまうぅうう!」
顔面蒼白な私をまるっと無視して、古ぼけた小さな高速船は、目的地である離島「我那波島」へとひた走る。

白兎のような波をがっつんがっつんと蹴散らし、揺れる、跳ねる。
いや、これって、海面の上を軽く飛んでる!

なんてヤンチャな航海なんだ!

我那波島行きの高速船は、その日の海の状況によって、激しく揺れる場合があると事前に聞いてはいた。
だが、これほどとは思わなかった。

また、大きな波がきた。
船は怯みもせず、勇猛果敢に正面突破だ。

ドンという鈍い音と、衝撃波が船を襲った。

「ひっ!」
甲板が跳ね上がり、私は一瞬空に浮いた。
咄嗟に受け身がとれなくて、もろにお尻から、甲板の上にたたきつけられた。

「んぎゃああ!」
目から火花が飛び散った。

「あいあい、姉さん、危ないよぅ。
しっかりつかまってなさい。
見てごらん、今日は波が高いからよ」
怯える私に声をかけてくれたのは、船員のおじさんだ。
日に焼けて黒光りする頬を苦笑いで綻ばせ、眼前の海原を指し示してくれた。

けれども、私には海を見やる気力もなければ、おじさんに返事をする余裕もなかった。 

「うわぁあああん!
お尻痛ぃい!」
強打したお尻をかばい、ベソをかくのがせいぜいだ。

キラキラしているべき乙女一人旅の幕開けとは、ほど遠い状況である。
 
「姉さん、ほら、我那波島の桟橋が見えてきたよ。もうすぐ着くからよ〜。
ちばりよー(頑張れ)」
泣き濡れる私に同情してか、おじさんが、また声をかけてくれた。

優しい心遣いに励まされ、ちらっとだけ進行方向に視線をやる。
すると、波の向こうには、こんもりとした島の緑と、ちんまりとした桟橋の灰色!
島だ!
助かった!

「は・早く港につけてくださーいぃい!」
生まれたての子鹿よりもガクブル震えながら、おじさんに泣きついた。

「はいよぉ〜。
なるべく急いで行ってやるからよ。
ほらほら、おじさんのタオル貸すよ。
だからよ、姉さんはまず涙と鼻水ふきなさい」
おじさんの手を焼かせつつ、私は気分的には満身創痍で、小さな南の島に上陸することと相成ったのである。
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