カノジョの彼の、冷めたキス



あたしはいったい何を自惚れていたんだろう。

渡瀬くんと何度か恋人みたいなキスを交わしたからって、彼があたしに好意を持ってくれてるとは限らない。

だって彼がくれたキスは皆藤さんとのことを知ったあたしへの「口止め料」で。

仕事をフォローしてもらった「お礼」で。

ミスをしたあたしがとった「責任」で。

そこに愛があるなんて、彼の口から一度も言われたことなんてなかった。


そんなあたしには、三宅さんに嫉妬する資格すらない。

聞こえてくる三宅さんの楽しげな笑い声に耳をふさぐ。


「お疲れさまです」

あたしはまだ側にいる原田先輩に早口でそう言うと、渡瀬くんから逃げるようにオフィスを飛び出した。

すぐにやってきたエレベーターに駆け込んで、ドクドクと激しく脈打つ左胸を上から拳できつく押さえる。


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