カノジョの彼の、冷めたキス
「大丈夫。斉木さんさえこの前見たことをバラさなければ。所詮、ただの遊びだから。沙希奈にとっても俺にとっても」
心配そうに見つめるあたしを、渡瀬くんが平然と見下ろす。
その瞳は少しも揺らがなかった。
「遊び?」
「そう。俺は顔のいい女なら大歓迎だし、沙希奈もずっと束縛の強い副社長のそばにいるのは息苦しいんだってさ」
「だからって……」
「そうだよ。だからってバレたらまずい。俺は他の支店に飛ばされるかもだし。沙希奈は婚約自体を破棄されるかもな」
「婚約?」
「そう。もうすぐ社内的に発表されるらしい。副社長と沙希奈の婚約」
渡瀬くんの瞳は最後の一言まで全く揺らがなかった。
けれど、皆藤さんのことを名前で呼ぶその声にだけは少しだけ熱が帯びているように聞こえた。
「それは知らなかった……」
「だろ。だから、どんだけ高い口止め料払ってもいいから黙っててもらいたいんだよ」