カノジョの彼の、冷めたキス


口止め料。

そのキスを形容するのに、渡瀬くんの言葉がとてもしっくりきた。


「や、めて……」

あたしに対して何の感情もないくせに、攻めたてるみたいなキスを続ける渡瀬くんをやっとの思いで押し退ける。

そのときエレベーターホールのほうに向かって駆けていくヒールの音が聞こえてきて、あたしは一瞬にして青ざめた。


誰かに見られた……?

焦るあたしを見て、渡瀬くんが口元を歪めて笑う。


「平気だよ。たぶん、沙希奈だから」

「え……?」

「ときどき、ここで偶然を装って沙希奈と休憩してる」

渡瀬くんに言われて、あたしは言葉を失った。

あたしが休憩スペースに来なければ、今ここで渡瀬くんとの時間を過ごしてるのは皆藤さんのはずだったんだ。

気まぐれで仕事終わりにここに立ち寄ったことで、あたしが渡瀬くんと皆藤さんの邪魔をしてしまった。




< 28 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop