カノジョの彼の、冷めたキス
ひとつ上の階の非常扉からフロアに出て、いつも通りエレベーターで下まで降りよう。
そう思ってそーっと上階に戻ろうとしたら、スーツのポケットに入れていたボールペンが足元に落ちた。
プラスチック製のそれが階段の床にぶつかった瞬間、コツンと小さな音が響く。
下にいるカップルに聞こえるか聞こえないくらいかの小さな物音だったと思う。
バレた、かな……
じっと動きを止めて青ざめているあたしの耳に、階下のカップルの女性の声が届いた。
「今、物音がしなかった?」
話し方のはっきりとした、どこかで聞き覚えのあるような気がする声だった。
「そう?気のせいじゃない?」
彼女の声に青ざめたけれど、すぐに彼氏が否定する声が聞こえてきてほっとする。
でも、これ以上物音を立てたら気付かれてしまいそうで、動くのが躊躇われた。