カノジョの彼の、冷めたキス


あれ以来、あたしと渡瀬くんの距離は少しだけ縮まって、ほとんど口を利くことのない同期から、社内で気軽に話せる間柄になった。


でも、それだけ。

『口止め料』と言う名の二度目のキスは、その名のとおり『口止め料』以外の何者でもなくて。

あのキスがあたしに渡瀬くんへの特別な想いを抱かせたことは確かなのに、彼に対して何も言えなかった。

だって渡瀬くんの心の中には、まだ皆藤さんがいるかもしれない。


だけど何の気まぐれか、ミスのフォローの『お礼』として重ねられた渡瀬くんの唇に、胸の高揚が抑えきれなくて、目の端に薄っすらと涙が滲んだ。


「あ、悪い。苦しかった?」

唇を離したあと、あたしの目尻に浮かぶ涙に気付いた渡瀬くんが気まずそうに目を伏せる。

声を出せずに何度も小さく首を振っていると、彼が笑いながら指先であたしの涙を拭ってくれた。


< 52 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop