声が聞きたい
サボり魔と図書室

第一話 サボり魔と図書室

「麻陽ー?もう七時よ、起きなさい!」

一階から母・咲子(えみこ)の声がする

「ふあ、ぁ…」

窓から差し込む朝日に目を細め、枕元に置いてあるスマホに目を落とす


“今日の朝練、絶対来ること!”


幼馴染みで同じバスケ部に所属する結斗(ゆいと)からのメッセージがあった

「え〜……まじかぁ」

ため息混じりに階段を降りて洗面所へと向かう

「まー兄ちゃん!おはようっ!」

「まー兄だ。…おはよう」

「おー…おはようさん」

妹である瑠海(るみ)と海未(うみ)が嬉しそうに駆け寄ってくる

小学二年生の、かわいい双子である。

「まー兄ちゃん、今日こそ朝練行くの?!」

きらきらと目を輝かせて話しかける瑠海

「あぁーまあ…結斗うるさいしな」

はは…と髪をかきあげ笑うと反対側から服の裾を引っ張られる

「…まー兄、ちゃんと練習しなきゃだめ」

海未はそう言って控えめに主張する

「…そうだな」

二人の頭を撫で、準備を整え家を出る

「あら、今日は早いじゃない。
いってらっしゃい!」

咲子がキッチンから顔を出すと、ひらひらと手を振って出発した

「…。あっちー…」

初夏の今朝は少し蒸し暑く、じんわりとした熱を感じた

「あ、麻陽じゃん!」

家の門を出たところで、頭の真横にツインテールをした女子と遭遇する

「…花奈。おはよう」

隣に住む、幼馴染みの花奈(かな)だ

同学年で同じ塔ヶ崎(とうがさき)高校に通う菱本(ひしもと)花奈。
小学生から習っている水泳のキャリアは伊達ではない

「麻陽が朝練出るなんて珍しいね?
咲ちゃんに起こしてもらってもいつも起きてこないのに〜」

「…結斗がうるさそうだから」

「あははっ、なるほどね!」

二人並んで歩く並木道は、新緑の木がトンネルのように道を覆い、いい日陰が出来ていた

「はあ〜もうすっかり夏だね!」

「まだまだ。これから梅雨が始まるってのに」

「雨か〜じめじめするのは好きじゃないなぁ」

日焼け止めを塗りながら歩く彼女

水泳部のキャプテンをしていた彼女は言うまでもなく年中小麦色の肌な訳で

…正直、日焼け止めもあまり効果を成していないように麻陽は思った

茅ヶ崎麻陽(ちがさき まひる)、高校二年生。
幼い頃から人より少し勉強やスポーツに長けていたため、あまり努力をせずに育ってきた

そのため中学時代はよく“チート”なんて言われたりして。

本人はあまり気にしていなかったものの、それを見ていた花奈はいつも辛そうにしていた

「そういえば麻陽、バスケ部の新入部員はどう?
うちの水泳部、なかなか人が集まらなくてさ〜」

バスケ部の強いうちの学校では部活目当てに入学した子もいるほどだったので、うちの部はかなりの数が入部していた

「んー…七十人、くらい?
まあ面接通ったのは二十人くらいだったらしいけど…」

「な、七十人?!
それって新入生のほぼ三分の一じゃん!
うわぁ、さすが強豪バスケ部…恐るべし!」

ちなみに今の副キャプテンは麻陽。

現キャプテンの三年生・渉(わたる)は次のキャプテンに、麻陽を推薦していた

「水泳部の部員、今十四人しかいなくて。
…キャプテンの私がしっかりしなきゃだよね!」

あまり実績のないうちの水泳部は人が集まっていないようで花奈は毎日、部員募集にと走り回っていた

「…まあ、無理しないようにな」

頑張り屋な花奈はいつも頑張りすぎてぱたっと倒れてしまう

「こ、今回は迷惑かけないようにするよ…!」

以前、部活の休憩中に自販機へと向かった麻陽は自販機前で倒れていた花奈を保健室までおんぶして行った事がある

毎日炎天下の中、少なからず入ってきた後輩の指導や自身の練習に加え、部員募集にと走り回って脱水症状を起こしたのだった

「それじゃ、頑張って」

「うん!麻陽もね!」

学校の門をくぐり、それぞれの部室へと向かった


「…あ、麻陽!!おはよ!!!!」

体育館いっぱいに響く大きな声で麻陽を出迎えたのは結斗だった

「…うるさい」

「はは、ごめんごめん!
いや〜朝弱いお前が朝練出るなんて珍しくてさ!」

「麻陽じゃないか。おはよう」

キャプテンである渉が近づいてきた

「…はざっす」

麻陽はぺこっと小さく頭を下げ、朝練が始まった


「ー…よし、今日はここまで!
今日は午後から顧問の町田先生が出張なので午後練は無し!解散!」

渉の言葉に歓喜した部員達は口々に片付けを始めた

「今日午後練休みだってよ!麻陽、帰りにスポーツ店寄らね?
麻陽の好きなメーカーの新商品が入荷したんだってよ!」

たたっと嬉しそうに結斗がついてくる

「あー…悪い。今日図書室寄るんだ」

「お前、ほんと本好きだなぁ〜
俺なんて漫画以外読めないっての」

笑いながらほかの部員を誘いに離れた結斗

そんな結斗を横目に着替えた麻陽は体育館をあとにした


ー…放課後

麻陽は日課のように毎週金曜日の午後四時、この図書室を訪れる

「…失礼しまーす」

ガラッと引き戸を開けると、いつもの安心感が麻陽を包む

優しい本の匂いに包まれながら、カウンターへと向かう

「すみませーん…って、先生いないじゃん」

いつもカウンターで本を読んでいる担当教員の姿が今日は見えない

「…仕方ない。返却しておこうか」

借りていたカードに自分で明記し、元あった棚へと返しに向かう

「えーっと確かこの辺りだったはず…」

百八十三センチの麻陽よりも高い本棚の列をいくつも通り過ぎてお目当ての棚へとたどり着く


ーが、


そこに、見慣れない一人の女の子がいた

「…」

女の子は、麻陽に気づくことなく本を読んでいる

…ネクタイの色からするに、一年生かな

麻陽の学校は三年生が青、二年生が緑、一年生が赤とネクタイの色がそれぞれ異なる

彼女がしていたのは赤いネクタイ。
恐らく一年生だろう

「…えーと……」

丁度麻陽が返したい本が、彼女のいる本棚で避けてもらわないと置けない状態だった

「あのー…」

麻陽が何度か話しかけるものの、彼女は顔を一向に上げない


…え、無視?

少し違和感を覚えながらも、自分の声が小さかったのかと再度問いかける

「あの。俺そこに本返したいんだけど…」

「…」

「…」

「……」

「……」


え、これほんとに無視?

耐えられなくなった麻陽はしゃがみ、彼女の肩をトントン、と叩く

「これ、そこに置きたいんだけど」

少し強めの口調で話しかけた麻陽は驚いて顔を上げた彼女を見て止まった

「…っ、!!」


息が、止まるかと思った



大きく開いた図書室の窓から風が通り抜け、長い彼女の髪をなびかせた

色素の薄いその髪の隙間から、驚いて大きな目をさらに大きく見開く彼女

しかしすぐにその表情は隠れ、無機質なものになってしまった

儚げにこちらを見つめる彼女の瞳には、何も映っていないようにさえ思える

「…」

「…」

「…あの、」

「っ…!!」

麻陽が再び話しかけた時、彼女は何も言わず、図書室を飛び出して行った

「…なんだ、あの子…?」

図書室を飛び出した彼女と入れ違いに、図書室の先生が戻ってくる

「あら、麻陽くん」

髪をサイドにまとめた若い女性教師が優しく微笑む

「あの、さっきの子って…」

「麻陽くん、陽美ちゃんと知り合いなの?」

「…陽美ちゃん?」

「さっきの子よ、逢坂陽美ちゃん(おうさか ひなみ)ちゃん
一年生なんだけど、ここ最近毎日図書室へ通ってくれてるの」

本がとっても好きみたい、と先生は嬉しそうに笑う

「…でもあの子、なかなかクラスに馴染めないみたいで」

少し寂しそうに、視線を床へと落とす


その時、麻陽の脳裏に一つの仮説が浮かぶ

「…先生、もしかして…」

「…うん。陽美ちゃんね、耳が聞こえないの」


…耳が、聞こえない?


「生まれつきの病気らしくて。
かろうじて私たちの言葉は口の動きで理解してるみたいなんだけど…」

先ほど、何度呼んでも反応しなかったのはそれだったのか

納得した麻陽は彼女が去った方へと歩き出す

「…麻陽くん」

優しい声に引き止められる

「あの子のこと、よろしくね」

「…はい」

そう言うと、麻陽は走り出した

しばらく校内を走り抜け、麻陽の息が上がってきた頃、屋上にいる彼女を見つけた

「…っはぁ、…はぁ…見つけた!!」

おもむろに彼女の肩を掴んで振り向かせた麻陽

当然、彼女は先ほどと同様…いや、それ以上に驚いた顔を見せた

「…っ、その…さっきは悪かった
あんたが耳聞こえないなんて知らなくて強く言っちゃって…」

ぽかんとした顔の彼女に麻陽は続ける

「…その、本、好きなんだろ?
俺も本、好きなんだ。…ええと…」

…こういう時、どうするのが一番なんだろう。

あまり女子と関わらない麻陽には、これが精いっぱいだった

「その…俺で良かったら、友達になりませんか」

麻陽の言葉にじわじわと、彼女は頬を赤くして、小さく笑みをこぼした
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