声が聞きたい
幼馴染みと後輩

第三話 幼馴染みと後輩

「麻陽、最近なんか楽しそうだね」

「…べつに」

朝練が終わり教室へと向かう途中、結斗が楽しげに話す

陽美と連絡を取り合うようになってから数日

陽美に会えるかもしれない、と朝練に頑張って出るようになった

しかしそれは、麻陽だけの秘密だった

「なになに〜?好きな子でも出来た?」

茶化すように言う結斗を睨みつけたが、思わぬ方向から声は飛んでくる

「麻陽、好きな子が出来たの?!」

食いついてきたのは花奈だった

「だからべつに…何でもない」

席についてカバンを置き、花奈から視線を逸らす

何気なく窓の外を見ると、見慣れた姿が目に映る

「うわ〜今日あっついのに外で体育とか…やだよね〜」

結斗は下敷きで自分を仰ぎながら道中買った炭酸をカシュ、と開ける

外では一年生だろう、陽美がいる女子の集まりが体操服に着替えて校庭にいた

「一年生じゃん。何するんだろうね〜」

見知った後輩が居たのか、花奈は少し身を乗り出して上から見下ろす

「時期的に体力測定じゃない?」

「わぁ〜もうそんな時期かぁ…」

結斗と花奈が盛り上がる横で

麻陽は、陽美だけを映していた

「…麻陽、あの子が好きなの?」

結斗が陽美を指さした

「ポニーテールがよく似合ってるよ
かわいい〜」

「え、どこどこ?!どの子?!」

「花奈…」

結斗の茶化しと花奈の動揺に呆れ、大きなため息をつく麻陽

「…そんなんじゃないっての」

「…ふうん?」

意味ありげに笑う結斗は前に向き直り、チャイムが鳴ったため花奈も席へと渋々戻った

ー好きな子、か。

生まれてまだ一度も恋をしたことがない麻陽は、恋がなんなのか、まだ分かっていなかった

「…なぁ、結斗」

麻陽の前で英語の板書をとっていた結斗の背中をシャーペンでつつく

「どうしたの?」

「…恋、って…なんだ」

麻陽の思いがけない言葉に、盛大に吹き出す結斗

「えっ…えっと…?」

困惑するおじいちゃん教師に気づいた結斗は慌てて座り直す

「ちょっと麻陽!いきなりなんて質問をぶつけるのさ!」

小声で麻陽に言う結斗はまだ笑いを抑えきれていなかった

「…そこまで笑うか」

「笑うよ!
恋愛に無頓着そうな顔してる麻陽がいきなり恋ってなんなのかって?
不意打ちにもほどがあるよ!」

言いつつまだ笑いを抑えようとする結斗に相談した自分が馬鹿だったとそっぽを向く

「…もういい」

「いやいや!悪かったって!
…麻陽、やっぱりあの子に惚れてるんでしょ?」

校庭で50メートル走をしていた陽美を見て、しばらく考え込む

「…わからん」

「まあ時間はまだまだあるんだし、ゆっくり考えてみなよ」

結斗はそれだけ言うと、また前を向いた



好き、とか…惚れてる、とか。

自分の中に今まで無かったその感情が果たして今の自分に当てはまるのか

授業を上の空で聞いていた麻陽をずっと遠くの席から見ていたのは、花奈だった

「…ねぇ、麻陽」

昼休みになって一番に麻陽の所へやって来たのは花奈だった

「ちょっといい?」


花奈に連れ出されたのは園芸部が綺麗に花を植えている、中庭だった

滅多に生徒は来ないものの、来賓で来る大人達にはとても人気らしい

「それで…何の用?」

お腹がすいていた麻陽は少し、不機嫌だった

「麻陽は…あの子とどうやって出会ったの?」

…あの子?

「ほら…麻陽がずっと見てたポニーテールのあの子よ」

あぁ、逢坂か。

「そう、逢坂さん…
あの子、一年生よね?何部?」

「確か…無所属じゃなかったかな」

曖昧な記憶を引っ張り出し、うーんと大きく伸びをする

「…そう。それで、どこで知り合ったの?」

…何でこいつはこんなにも聞いてくるんだ

「あー…図書室。
俺が本返しに行った時に、知り合った」

「…図書室?なんで麻陽が図書室?」

花奈って俺が本好きなこと、知らなかったっけ…

「週一くらいで通ってるよ、小学生の時くらいからずっと
俺、よく本読むんだよ」

「私、ずっとスイミング行ってたりしたから全然知らなかった…」

そういえば花奈は、放課後になるといつも親が迎えにきて直行でスイミングに行ってたから…

放課後の俺なんて、知らなくて当然か

「…麻陽、は…あの子が好き、なの?」

小さく、途切れ途切れで花奈は言う

いつもはきはきと声を大きくして話す花奈らしくない一面だった

「…」

まさか、恋についてここまで考えるとは思わなかった

「…麻陽?」

何も言わない俺を不安に思ったのか、心配そうな声で俺を呼ぶ

「…麻陽ってば!」

はっとなり、目の前にいる花奈を見つめる

「あぁ…悪い」

咄嗟に目を逸らし、花奈に背を向ける

「好きとかどうとか…まだ分からん」

「…そっか」

少しほっとしたような、そんな表情だった

「…しかし花奈といい結斗といい、何でそんなにも問い詰めてくる

俺のことだろう、そんなに気になるか?」

「…っ、気になるよ!」

突然大きな声を出され、目を見開く麻陽

「…っあ、ごめん。
でも、やっぱりずっとこういうことが無かったから気になっちゃって

気を悪くしたら、ごめんね」

そう言って花奈はポケットから何かを取り出すと、麻陽に渡してその横を通り過ぎた

「…」

麻陽の手には、麻陽が好きなラムネ菓子があった

「…どういう意味だ?」

疑問を残しつつ、麻陽も教室へと来た道を戻った


「…あ、」

放課後、学校近くの本屋へ寄った麻陽は、真剣に本を読んでいた陽美を見つけた

「よっ」

ぽん、と肩を軽く叩くと、嬉しそうに陽美が振り返る

“今日は図書室じゃないんだ?”

スマホのメモ画面に文面を打ち込み、陽美に見せる

おぉ!と陽美はそれを見て嬉しそうに自分もスマホのメモ画面を出し、それに応える

“たまには本屋さんにも行ってみようと思って。”

実は麻陽、陽美と話すようになってから自分がもし陽美の立場なら、と考えていた

口の動きだけで判断する、ということがいかに難しいか、麻陽は瑠海と海未に協力してもらい、体験したのだ

「も〜まー兄?!瑠海、そんな事言ってないよ〜!」

「…も、もう一回!」

「…これ、結構難しいと思うんだけど」

その時海未に提案されたのが、スマホのメモ画面を使った会話だった

「これなら間違えずに伝えられるんじゃないかな」

海未のこの案は大正解だった

目の前の陽美はいつもより嬉しそうに沢山話してくれる

“今日ね、朝から体力測定があったの!”

“いつも一緒にいる蘭ちゃんって子がいるんだけど…
蘭ちゃんすごいの!クラストップのタイム出しちゃって!”

いつもなら、ほとんど聞き手にまわっていた陽美

本当は、こんな風に沢山話したいことがあったんじゃないか

それに遅かれ早かれ気づけたことに、麻陽も嬉しくなっていた

「…麻陽!」

陽美との会話に夢中で周りが見えていなかった麻陽は、ようやく後ろから声がする事に気づく

「…あれ、花奈?」

麻陽が視界に映した花奈は、明らかに動揺していた

「…やっぱり、麻陽は…」

麻陽の後ろにいた陽美を見て、ずんずん近づいてくる花奈

「…初めまして。
私、麻陽の幼馴染みの菱本花奈

…あなた、一年生よね?良かったら水泳部にでも入らない?」

少し嫌味がかった口調で、麻陽の幼馴染み、と強調して言う

「…」

花奈が早口過ぎたのだろう

何を言っているのか分からない、という顔をする陽美

前にいた麻陽の袖をちょいちょい、と引っ張るとまた文面を見せる

“この人、だれ?”

「…あぁ、俺の幼馴染みなんだ」

“幼馴染み?”

「うん、菱本花奈。俺のクラスメイトでもある」

“じゃあ、先輩なんだ!”

「…そうだな」

くしゃ、と笑う麻陽は俺もだけどな、と陽美の頭を撫でる

「…ねぇ、」

さらに怒ったように花奈が割り込む

「なんでその子、喋らないわけ?
私が自己紹介しても無視?

…それどころか、麻陽にしか懐いてないみたい。感じ悪い」

「ちょ、花奈。言い過ぎだぞ!」

ムッとなり、言い返す麻陽

「…なんでこんな子なんかに」

ボソッと呟く花奈

ーつんつん。

花奈の腕に、陽美の指が触れる

“花奈先輩、初めまして。

一年の逢坂陽美です

私は生まれつき、耳が聞こえません

なので、麻陽くんとはこうやって文面でやり取りをしていました

花奈先輩とも、こうやってお話する事は可能ですか?”

文面を見た花奈は一気に青ざめ、同時に大きく目を見開いた

「…あなた、耳が聞こえないってことは

…喋れないの?」

麻陽が文面でそのまま伝えると、小さく笑い、頷く陽美

「あ…ぁ…」

その場に耐えられなくなった花奈は、本屋を飛び出した

「…」

花奈が走り去った方向を寂しげに見つめる陽美に、麻陽が言う

“ごめんな、花奈が。

でも、あいついいヤツだからさ

もし今度会ったら、相手してやってほしい”

麻陽が見せると、うんうん!と頷く

「…それじゃあ今日はもうこんな時間だし、帰るか」

外に出ると、空はもうすっかり暗くなっていた


「はあ…はあっ…!」

近くの駅のホームまで走ってきた花奈

時間も時間で、ホームの人はまばらだった

「…私…なんて事言っちゃったの…」

ぽろぽろと涙を零しながらうずくまる

「…私……最低だ…」

ずっと、ずっと麻陽の事が好きだった

恋愛に無頓着な麻陽は、ほかの誰にも取られないだろうと安心した自分がいつもどこかにいた

それがどうだろう

先ほど見た麻陽は、花奈が今まで見たことないような顔をしていた

…麻陽が陽美を見つめる顔は、愛しい人を見つめる、優しい瞳だった

「…っく…ひっく……」

自分の中に、こんな醜い感情があるなんて知らなかった

麻陽を取られたくない

麻陽は私が…

ずっと、そう思っていた

「…ごめん…ごめんね…」

とめどなく溢れ出る涙を拭いながら、何度もそう呟いた

「ねえ」

突然頭上から降ってくる声に、顔を上げる

「…」

「…ひっく……結斗…」

「…」

黙って花奈を見下ろす結斗は、花奈の頭に自分のタオルを被せた

「こんな時間にこんな所でうずくまって泣いてるなんて、君らしく無いね」

「…うるさい」

「まあ大方、結斗とあの一年生の子のことだろうけどね」

…分かってるならいちいち言わなくてもいいじゃない

「…麻陽は、あの子に恋をしてるんだ」

唐突に、分かりたくなかった現実を突きつけられる

「初めて人を好きになった麻陽は、まだ自分が恋をしていることにすら気づいていない

…いや、気づいているのかもしれないけど、どうしていいのか、分からないんだ」

「…どういう意味よ」

軽く結斗を睨みつけると、いつもの調子でふはっと笑う

「そのままの意味さ

…君にもまだ、チャンスはあるってことさ」

「…っ、!!」

「それじゃ電車来たし、帰るね」

開いたドアから電車へと乗り込む結斗

その後、結斗が振り返ることは無かった
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