声が聞きたい
過去の鎖
第四話 過去の鎖

ーピッ。

とあるマンションでカードキーをかざし、家のドアを開く

「…」

ガチャ、とドアを開けると、真っ暗で電気もついていない部屋は何も見えない

部屋の壁を手で伝いながらリビングまで来るとカバンを置き、外のベランダへと出る

ー今日は満月、か…

神々しく光る満月は、雲一つない空に悠々と浮かび、より際立って輝いていた

「…」

しばらくベランダから月を眺めた彼女は室内へと戻り、カーテンを閉めた

…おなか空いたなぁ

キッチンへ行き冷蔵庫を開ける

…あんまりこれといって無さそう

仕方なく先ほどコンビニで買ってきたおにぎりを頬張り、テレビをつける

「…」

暗い部屋でテレビをつけても、彼女にその音が聞こえるわけではない

「…」

何かのドラマだろうか、役者らしき人たちが口論している場面だった

「…」

こうやって大の大人が口論している所を見ていると…

何となく、昔を思い出してしまう

食べる手を止め、下を向いてうずくまる彼女

そんな時、手元で振動を感じた

「…?」

触れたのは、インターホンのリモコンだった

鳴っても気づかない陽美はこうやって、誰かが来た時分かるように振動するリモコンを持っていた

…蘭ちゃん?

インターホンの画面には、蘭が映っていた

ガチャ、とドアを開けると蘭が驚いたように言う

「ちょ、陽美!あんたなんで電気も付けずにいるの?!目が悪くなるよ?!」

慌てて部屋の電気をつけ、先程まで陽美がいたリビングへと入る蘭

「あんたまたご飯それで済ませて。
ちゃんと買い出しあるならいつでも行くって言ってるでしょ〜?も〜」

呆れながらそう言う蘭はキッチン借りるからと持っていたスーパーの袋の中身を取り出す

「…!」

陽美が横から材料らしきものを除くと、どうやらカレーをつくってくれるらしい

「カレーなら二〜三日持つだろうし、陽美も食べれるでしょ?」

うんうん!と大きく頷く陽美

「あんた料理出来るんだから、ちゃんと定期的に買い出し行かなきゃだめよ?」

陽美の頭を優しく撫で、料理を始めた


蘭が料理をしている間、陽美は安心したのかソファで夢を見ていた

..

懐かしい昔、陽美が住んでいた家での夢だった

「あんたのせいでしょ?!あんたがそんないい加減だから…!」

お皿の破片がソファの後ろに隠れていた陽美の足元まで飛んでくる

「お前だってそうだろう!母親のくせに子供たちの面倒もまともに見られないのか!」

「何ですって?!
私だって仕事がしたいのよ!子供たちだってもう自分たちでいろんな事が出来る!

私がそんな干渉する必要ないじゃない!」

…当時、陽美の父親と母親の中は最悪だった

できちゃった結婚で陽美の兄が生まれ、不本意の中家族という形になったらしい

「…おい陽美、大丈夫か?」

十二も年上の兄・遼河(りょうが)は耳が聞こえない陽美をいつも心配していた

ソファの後ろで小さく震える陽美を、優しく抱きしめる遼河

「…おいあんたら。いい加減にしろよ!
陽美が脅えてんのが分かんねえのか!!」

遼河が陽美を抱き上げ、二人に向き直ると同時に怒鳴り声を上げた

「なっ…親に向かっておいとはなんだ、遼河!

全く…お前がちゃんと教育しないからこんなことになるんだ…!」

「何でもかんでも私のせいにしないでちょうだい!

…私だって、好きで産んだんじゃない!」

母親のそんな心無い言葉を、遼河は今までに数え切れないほど受けてきた

…そんな時、耳が聞こえない妹を羨ましく思うこともあった

だけど

耳が聞こえない妹に、少し安心していた部分もあった

…こんな会話、絶対に聞かせてはいけない

幼いながらに、たった一人の大切な妹に、それが聞こえないことで少し安心していた

「…もういい。
俺も去年学校卒業して、働き出して、金が溜まってきた頃だ

こんな家、出て行ってやる!」

遼河が悲しげな顔で大声を上げると、父親が慌ててなだめる

「り、遼河…!お前は大切なうちの跡取りなんだ、そんな事をする必要は無い」

「…あんたの跡取りになる気なんてない」

「そ…そんな事は言わせない!
…うちの病院を継げるのは、お前しかいないんだぞ!」

「…あんたの経営するあの病院、この間不正がばれて今営業停止してるじゃん

そんな所に俺は行くつもりは無い」

「…遼河!出ていくなら、母さんも連れて行ってよ!
ここまで誰が育ててやったと思ってるの!
少しくらい恩を返しなさい!!」

去年、見事医者の免許を取った遼河は頭も良く、学校を首席で卒業したため地元でも有名な大きい病院で働いていた

…金目当てで息子に縋るほど、金に困っているのかこの女

「…母さん、また借金したの」

静かに遼河が口を開くと、おずおずと笑いながら言う

「い、いやぁ…母さんだって、遊びた…いや、休暇が欲しいじゃない?

あなた最近すごく稼いでるみたいだし…少しくらい、いいでしょ?ね?」

「…お前、遼河にいくら借金してるんだ」

父親が重く低い声で問うと、動揺した態度で目を泳がせる

「ええと…さ…三万くらいじゃないかしら…?」

母親は息子に目配せするが、ばっさりと切り捨てたのは遼河だった

「違うね。正確には三百万」

「なっ…!!」

「お前、息子になんて金額の借金しているんだ!
しかもまだ借金したいだなんて…!」

呆れを通り越して信じられない、といった父親

「…これで分かったでしょ?
俺が必要とされるんじゃなくてこいつは俺の稼いだ金が欲しかっただけ。

…最も、俺がいない時勝手に通帳から度々お金を下ろしていたことも知ってるけどね」

「…っ、!!!!」

「お前、最低だな」

父親からも哀れみの目を向けられた母親は足の力が入らず、その場に座り込んだ

「俺は陽美を連れてこの家を出る。
…こんな大人、二度と見たくない」

父親が何か言いかけたが、遼河は陽美をその場へと降ろし、部屋を出た

「…」

残された三人の間に、しばらくの沈黙が流れる

「…」

陽美は割れたお皿の破片を踏まないように母親の元へと行き、背中を撫でた

「…?」

だいじょうぶ?

口を動かしても声は出ず、ただただ静かに、小さな手で母親を撫でた

「…陽美……」

父親はある決心をし、棚から一枚の紙を取り出す

「…万亜(まや)、離婚しよう」

離婚届けには、既に父親の欄に全て記入されていた

「陽美が成人するまではと思っていたのだが…早い方が良さそうだ

これ以上、幼い陽美にこんな所を見られるわけにはいかない」

二十歳になった兄と八歳になる陽美

八年前のこの日、家族はバラバラになった


それ以降父親は自分の病院の再建に尽くし、子供たちに会うことは無かった

母親は…その後行方をくらまし、今どこで何をしているのか分からない


「…なみ、陽美!」

蘭の声に目を覚ますととても頭が重く、とても起き上がれそうになかった

「陽美大丈夫?何か変な夢でも見た?」

陽美の涙を拭いながら陽美を抱きしめる蘭

「…大丈夫。私はここにいるからね」

背中を赤ちゃんのようにトントン触れられながら、陽美はまた眠りについた


…ピンポーン

しばらくして、陽美の家のインターホンが鳴る

陽美の手元にあったリモコンは机の上に置かれ、寝ていた陽美は気づいていなかった

「はーいどちら様…って、お兄さん!」

蘭がドアを開けると、遼河の姿があった

「やぁ蘭ちゃん。また来てくれたのか」

「はい!…陽美いま寝ちゃってて。
なにかご用でしたか?」

「あー…いや、寝ているなら大丈夫
そんなに急ぎの用事じゃないからね。

陽美が起きたら明日の放課後、陽(ひなた)総合病院まで来るように伝えてくれるかな?」

「お兄さんの働く病院ですね!分かりました!」

蘭が元気よく答えると、嬉しそうに遼河は笑う

「いつもありがとう、蘭ちゃん。
陽美のこと、よろしくね」

そう言うと、遼河は帰っていった


ーぎゅっ。

ドアが閉まると同時に、蘭に抱きついてきたのは陽美だった

「あれ、ごめん起こしちゃった?」

ううんと首を降る陽美はまだ少し、寝ぼけているようだった

「…ご飯、食べよっか!」

ご飯を食べつつ先ほどの事を陽美に話すと分かったと頷く

「…お兄さん、いま結構忙しいんだって?
やっぱり手術専門のお医者さんとなると休みも無いのかな〜」

手術専門ドクターの遼河は年中ほぼ休み無しで勤務すると聞く

あの日、二人で家を出てから現在まで陽美を支えてくれているのは遼河の存在がとても大きい

遼河も隣の家に住んでいるが帰ってくることはほとんどなく、陽美が定期的に訪れては掃除をしたりしていた

「…陽美はさ、将来したい事とかあるの?」

蘭にそう問われ、うーんと悩む

「…」

「…」

「……」

「……」


しばらく考え込んだ陽美だったが、全くと言っていいほど何も思い浮かばなかった

「…難しいか!」

そう言って笑う蘭

自分のしたい事、か…

まだ見えない将来に不安を感じつつ、色んなことを考えていた

…そういえば…麻陽くんは将来の夢、とかあるのかな

不意にそんな事を考えつつ、ごちそうさまをして蘭と眠りについた

〜♪

「ん〜…こんな時間に誰よぉ…」

陽美の着信音で目が覚めた蘭

勝手に見るのは悪いと思いつつ、ぐっすり眠っていた陽美を起こすわけにもいかなかったので画面を開く

「…?非通知?」

陽美は連絡先を自分の知り合いなら全て名前で登録していたため、非通知は珍しかった

「っていうか、陽美に電話したって聞こえないんだからかける人なんてまず居ないと思うんだけど…

間違い電話かな?」

間違い電話なら非通知でかかってくる事もあるか

「…間違いですよーって言えばいいか」

そう何気無く電話に出た蘭

「もしもし?」

「…っ!?」

電話の向こうの相手は…ひどく動揺していた

「?…もしもーし!どちら様ですか?」

「……」

何も言わない電話の向こうの相手にイライラしてきた蘭

「…このまま無言なら切りますよ?
いいんですね?」

「まっ…待って!!」

電話の主は女性だった

「なんだ、喋れるのか

…で?どちら様です?お宅、電話かける場所間違ってません?」

「…間違って、ないわ

…万亜、万亜よ。あなた、陽美じゃないわね?」


ーーードクンッ、

万亜、という名前を聞いた瞬間、蘭の身体が凍りついた
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