ストレイキャットの微笑



 伊藤さんとはかれこれもう1年の付き合いになる。私が今の店に移って間もない頃、新人期間の時から続いている太客。


 こう見えても彼は某総合商社の専務で、一度伊藤さんに連れられて店に来た部下の人の話によると、相当なやり手やしい。

 優しげな顔立ちで物腰も穏やかだし、バリバリ働いているイメージが湧かないのほほんとした印象だっただけに、そう聞かされた時はこっそり驚いてしまった。当の本人は、照れたように笑ってウイスキーを飲んでいたけれど。



「あ、このお店です」


 目当ての店の前で立ち止まって、予約しておいた中華料理屋に入る。伊藤さんは忙しい人だから、ここの予約をしたのは私だ。伊藤さんと来るのは初めてだけれど、同伴ではよく利用している。お店から近いし、何より味が良いから。


 何品か料理を注文をして、運ばれてきた白ワインでさっそく乾杯をする。グラスがカチンッと軽い音を響かせた。


「このお店、エビチリがすっごく美味しいんです」

「へー、そうなの?」


 穏やかに笑んで、グラスを傾ける仕草がとても様になっている。ワインのチョイスは彼に任せたけれど、この白ワインは深みがあって美味しい。



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