天使と悪魔の子

1節 “哀”


ひどい激痛が走った。

思ったように呼吸ができなくて

深海に沈んでいくようなそんな感じ。

『うぁあああ!!!』

いくら叫んでも誰にも届かなくて

あの壮絶な幼少期を思い出す。

先程終業式が終わって宙の背中を追ったはずだった。

それなのに彼はどこにもいなくて、代わりにあの大沢先輩に資料室へ閉じ込められてしまった。

いくら悲痛に叫んでも、彼は一切顔色を変えずに冷たい目で私を見下ろしている。

そのことがとても怖くて、父を思い出した。

『やめ…』

大沢先輩は振られた当てつけに後輩を痛めつけた器の小さい面食い男だ。

でも彼はここまで無感情な男だっただろうか。

しかも気を失わない程度に痛めつけるような悪どい手口を使う輩だっただろうか。

『うっ』

髪で頭を持ち上げられても抵抗することは出来なかった。

「魔女は丈夫だから楽しい」

こいつは…一体何を言っているの?

人を痛めつけて楽しいなんて……え、まさか、そんな…

『赤い目…?』

私を覗くその冷たい目は真っ赤に染まっていた。

これは時々見る宙と夕紀くんの瞳だ。

ーゴクッ

気付いた時には牙が立てられていて全身が震えた。

『悪魔、?』

「…」

ーハァッ ゴクッ

強い不快感に襲われて睨むとそのまま彼は後ろの壁へぶち当たる。

『ぇ…』

壁が粉砕するほどに私は強く投げ飛ばしたのだろうか。

ちがう

これはきっと、魔女の“力”?

「…俺が弾かれるなんてな。」

『貴方は誰、大沢先輩じゃないでしょ?』

「あぁ、うっせぇな…」

大沢先輩は突然倒れてピタリと動かなくなった。

これは、なに?

「やっぱり人間の体は脆くて嫌だな。」

突然後から聞こえた声に振り返るがそこには誰もいなかった。

「で?お前、どこまで知っている。」

『っ、』

いつの間に私の前に立っていたのか、
恐ろしい程に整った顔の同い年ぐらいの男が相変わらず凍てつくような目で見ている。

口元から私の血が艶めかしく光って気味が悪い。

「…その様子なら何も知らなさそうだな。」

『私をどうするつもり?』

「“あの方”のもとへ連れていく。」

“あの方”?

一体誰のことを言っているの?

悪魔が言うことなのだからろくなことがないはずだ。

ゆっくりドアの方へと不自然じゃないように後ずさる。

こんな時なのに、頭は冷静だ。

大沢先輩は?

「うっ…」

あの人は…酷いことをした。

ここに置いていく?

でも、それは…

「どうやって逃げるか、なーんて考えてるのか?」

『それが、普通でしょ。
でも私は普通じゃない、例えば今、貴方を殺したり…くっ』

「口を閉じろ小賢しい魔女が。」

『脅したって無駄よ。貴方は私を殺せない。』

なぜなら“あの方”とやらの所へ連れていかなくてはならないから。

私は大沢先輩と目を合わせた。

指で扉を示すと先輩は意識がはっきりとしてきたのかゆっくりと動き出す。

悪魔が先輩に気付かないように顔を近づけ噛まれた傷が塞がった首を撫でた。

『私の血が欲しいんでしょ?』

「…賢い女は嫌いだ。」

ープツ ゴクッゴクッ

『いっ…ぁあ』

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

だけどいまは…

先輩を見ると扉に手をかけていた。

でも、様子がおかしい。

扉が開かないのか?

『うっああぁああっ…ぁあ』

「なんだこの味は…」

『やめ、それ以上はっ』

はやくはやくはやくっ開いて!!!

ーカチャッ

「なっ」

『逃げて!!』

必死で悪魔を振り払って絡まる足を動かした。

どんなに不格好だっていい。

“生きたい”

宙に貰った感情

『宙っっ』

「勝手なことを…」

大沢先輩が出て行った瞬間扉は閉ざされた。

暗い資料室

あぁ、世界は残酷だ。
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