その恋、記憶にございませんっ!
「ところで、蘇芳さん、何処に行くんですか?」
ずいぶん走ったところで、唯は蘇芳に訊いてみた。
「もう少し走ったところに、いい旅館があるんだ」
旅館?
「……泊まりませんよ?」
と言うと、
「いや、帰れないぞ」
と当然のように蘇芳は言ってくる。
いや、此処、日本ですよね?
家と地面、繋がってますよね?
歩いてでも帰りますよ。
コンビニに行くだけのつもりだったので、森の妖精さん財布に三千円くらいしか持ってないけど、と思う。
森の妖精さん財布とは、以前、子どもの頃、旅行したとき、母親が買ってくれた革製の可愛いがま口財布のことだ。
使えば使うほど味の出る革で、小さくコロンとしているので、森の妖精さん財布と呼んで可愛がっている。
「あの、突然の出来事だったので、着替えもなにも持ってませんし」
と言うと、
「その辺で買ってやる。
いまどき、何処にでも、なんでもあるぞ」
と言いながら、いきなり道の駅に蘇芳は寄った。
「さあ、好きな物を買え」
と言い出す。