屋上のあいつ
教室に戻ると次の授業の先生はすでに教壇に立っており、数人の女子と談笑している所だった。一年のころから英語はLLというネイティブの先生がうけもつ時間を除いて、全てふっくらとした浜崎という女の先生が担当していた。その目を盗み、こそこそとベランダから教室に滑り込み、何事もなかったかのように着席する。好奇心の強いいくつかの目が、俺達三人の姿をチラチラと気にしたが、ここで何か言うほど俺達も馬鹿ではない。だって、屋上は立ち入り禁止で、やぶったら罰掃除をくらうほどの重罪なのだ。次の時間は英語、先生は学年主任。ばれたら大目玉を食らうのは確実である。
「まずい、俊弥!」
 と、教室の向こうから孝樹のせっぱつまった声が飛んできた。なんだ、と振り返ると彼の手には黄色い表紙の英単語帳。
「あっ!」
 それを見て、俺も急にあわてて机の中をあさりだした。そうだ、豆テストがあるのをきれいさっぱり忘れていた! 教科書やノートでパンパンになった机の中から、なんとか英単語帳をひっぱりだし、今度は俺がそれを捧げ持った。
「おい、升田!」
 大声で、一言。それだけで升田も「あっ!」と声をあげ、急いで机の中を漁りだす。授業開始まであと数十秒。着席する瞬間、斜め後ろの恵子が、俺たちの様子を見てにやりと笑ったのが見えた。その表情に何か言おうかと思ったが、そんな暇はないと思いなおし、単語帳を開いた。間に合うわけがない。それでも、とテスト範囲を開くのは本当に悪あがきなのだろう。あとは先生と女子の会話が、長引くことを祈るしかない。
しかし本当に見えるようになったんだな。
 妙に長い単語ばかりが並ぶページを見つめながら、俺の意識は完全に目の前の単語帳から切り離されていた。少年の姿が目に焼き付いている。この一週間、幽霊を見たのかどうか悩んでいたが、まるで無駄だったかのような。単純なこと、屋上に行って貯水タンクの上を見てみればよかったのだ。
 それにしても、今日もつまらなさそうな顔をしていたな。彼のもとまでたどりついて、目が合うまでかなりドキドキしていた。異質なものに近づく、高揚感と緊張感。けれど、目が合った瞬間すっとそれはなくなっていて。見上げた彼はあまりにも、普通の生徒となんら変わりがなかった。
 集中しようとテキストを開いても、やはり先ほどの事が思い出され、いつの間にかテスト用紙が目の前にあった。
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