ここにはいられない


「鍵のことなんですけど」

カレーのことにばかり気持ちが向いていたので何の話かわからなかった。

「鍵?」

「はい。実は合い鍵を失くしたので1本しか持っていなくて。作った方がいいですよね?」

確かにあれば便利だろうけど、わざわざ作ってもらうほど必要だろうか?
合い鍵を作るお金くらい出し惜しむつもりはない。
でも彼だって今年度中には退去するのだから、もったいなくないかな。

「一月だけなので、なくてもいいかな」

「じゃあ、預けます。俺の方が多分仕事遅いから」

開けっ放しのドアで数日トイレを借りていたけれど、確かに私より彼の帰宅は遅かった。

「でも朝は?多分、私の方が早いと思うんです」

「ああ、そっか」

出勤時間まで合わせてもらうわけにいかない。
でもそこは私だって仕事なのだから、遅く出るのは困る。

「俺が鍵をかけて職場で鍵を渡します」

「そうですね」

一緒の職場というのは何かと便利だ。
仕事中でも会おうと思えば可能なのだから。

「お風呂と洗濯は自分の部屋でしますけど、掃除はさせてください。もちろん、寝室には立ち入りません」

「必要ない、と言ってもやるんでしょうね」

「やります」

「では、どうぞ」

「あと、もちろんこのことは・・・」

「誰にも言いません」

「お願いします」

家の外で一緒に行動することはないし、自発的に話さなければ聞かれることもないだろうけど。
元々ペラペラ話すような人とも思えない。

ここまで考えて、意外と自分がこの人のことを信頼しているのだと思った。

「あの・・・私はいいんですけど、本当にいいんですか?何か盗まれたりっていう心配はしませんか?」

「盗むつもりですか?」

「盗みません!」

「それなら大丈夫でしょう。貴重品は持ち歩いていますし、もし何かなくなっていたら、あなたが盗んだと思うことにします」

「いや、一応外部の犯行も視野に入れてください」


簡単な打ち合わせが終わる頃にはお互いカレーも食べ終えていた。

「ごちそうさまでした」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


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