ここにはいられない


パン屑とミニトマトのヘタだけになった彼のお皿を、晴れ晴れとした気持ちで眺める。
私は半分でもお腹いっぱいだけど、ちゃんと足りただろうか。
「ついで」で作った手前そんなことは聞けず、黙ってマグカップを傾けている彼に別の話をした。

「期日前投票の当番にはなっていないんですか?」

今週の日曜日は市議会議員選挙がある。
市役所職員の多くは選挙のたびに投票所で選挙事務を行うのだけど、近年盛んに実施されている期日前投票のおかげで、平日の業務後にも投票事務の仕事を振られることがあるのだ。

「今回は当たってません」

「じゃあ、遅くはならないですね」

「通常の業務でも遅いけど」

「あー、そっか」

忙しいのに私のために昨日は早く帰って来てくれたのだ。
成り行きとは言え、ただの通りすがりの私のために申し訳ない。

「日曜日は選挙事務ですよね?」

珍しく彼から質問された。
まだコーヒーが残っているから暇つぶしだろう。

「はい。私、今年入庁したばかりだから初めてなんです。大変ですか?」

「うーん、暇なのが辛いけど、投票作業だけならそうでもないです。開票までぶっ通しだと結構大変」

「私は投票だけですけど」

「俺は開票までやります」

じゃあ、日曜日は遅いのか。
ご飯はお弁当を注文できるらしいし、心配しなくてもいいかな。

そんな事を考えていると、マグカップがゴトッと置かれた。

「ごちそうさまでした」

「いえ」

ちょっと多く淹れすぎたコーヒーまで全部飲んでくれた。
空っぽの食器ってこんなに嬉しいものなんだ。

「俺、シャワー浴びます」

「あ、ごめんなさい!食器洗ったら私は出勤しますね」

少しでも早く出勤して仕事を進めたいと思った。
あまり残業で遅くなるとご飯が作れないから。
彼は別に困らないだろうけど、私はそうしたい。
この一月だけは、そうしたい。




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