ここにはいられない


A4サイズの送付文と歯科医院リストをまとめて折り、ホチキスを滑らせる。
大量に紙を折る場合、手を使うと摩擦で擦れて痛くなるのでホチキスを使うのだ。
金属が詰まったホチキスは適度に重みがあるから、スパッときれいに折れる。
こんな使い方をしているせいでホチキス自体は傷だらけなのだけどやめられない。

本当は佃さんに頼もうと思っていた。
文書とリストを用意し、宛名シールを印刷し、予診票と塗布券も揃えて頼もうと時計を見ると、彼女の勤務時間があと1時間を切っていた。
これから頼んでも帰るまでに終わらないので、仕方なく諦めたのだ。

保育園で息子さんが待っている人に無理は言えない。
それに対して私はどうせ誰も待っていないのだから。


サー、サー、というホチキスの滑る音だけが響いている来客用テーブルにふーっと影が差した。

「何やってるの?」

背後に立ち蛍光灯の灯りを遮った懐かしい影は、やはり千隼だった。
驚いたけれど、声より先に影を感じたので悲鳴は出なかった。

「えっと、フッ素塗布券の配布。後回しにしてたらギリギリになっちゃって」

首をひねって笑顔を向けるが、千隼は不機嫌な空気を放った。

「そういう作業は臨時の人に頼めばいいのに」

「忙しそうだったから。それに単純作業ばかりお願いするのも悪い気がして」

正職員と臨時職員とは言え、私だって今年入庁したばかりだし年齢は佃さんの方が上だ。
もう少しやり甲斐のある仕事ならともかく、雑用のようなことばかり頼むのは気が引ける。

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