俺様ドクターに捕獲されました


「すごい嬉しそう。そんな顔するんじゃ、宇佐美先生も天野さんのことかわいくてたまんないだろうね。じゃあ、楽しんで」

「はい、ありがとうございます」


ヒラヒラと手を振った井坂さんにお辞儀をして、使い終わったバスタオルを持って病室を出て洗面所に向かう。


次か最後の患者さんだから……。ああ、もう少しだ。彼のほうは、仕事は大丈夫かな。意地でも終わらせると言っていたけれど、ちゃんと終わるだろうか。


「あら、セラピストさん」


突然耳に飛び込んできたその声に、ビクリと身体が跳ねる。ゆっくりと振り返ると、菊池先生が洗面所の入口に立っていた。デジャヴだ。


なんか、この場所は鬼門だな。


今日も完璧な出で立ちだが、その表情はなぜかいつも以上に自信に満ちている。綺麗にルージュの引かれた唇が、勝ち誇ったように綻んだ。


「残念だったわね。やっぱり、宇佐美先生は私を選んだわ」

「……え?」


今、なんて? 彼が、彼女を選んだ?


唖然とする私に、彼女はさらに言葉を重ねていく。


「今日、父と彼の三人で食事に行くの。病院の経営のことと、私との今後のことを話し合う予定よ。近々、婚約という運びになると思うわ」


言葉の意味を飲み込むのに、数秒かかった。そんなの、嘘だ。だって、今日は……。


もう、彼女がなにを言っているのかもわからない。気づいたときには彼女はいなくて、私はひとりで洗面所に立ちつくしていた。

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