いつか君と見たサクラはどこまでも
少し暖かい風が吹き始め、眠っていた生き物も目を覚ます。

裸ん坊だった木々に、小さな蕾がつき始めている。その中には、すでに開花しているものもあった。

いつもの坂から見下ろす景色は、冬の頃とは全く異なっていた。

真っ白一色に染まっていたあの頃の景色はもう見えなくて、今は町全体がたくさんの色で染まっていた。


駅にはいつも通り、数人しかいない。

これから学校や会社に通う人と、お買い物をしに街まで行く人。そんな人達がいつも数人いるんだ。

電車に乗り込むと、ガラ空きの椅子には座らず、ドア側に立っていつものように景色を眺めていた。

横へ流れていく景色は、いつもよりも美しさを増していた。

今月咲いたばかりの花が、地面いっぱいに広がっていて、昔家にあった野原を思い出させる。

色とりどりに並ぶ花の上を、小さな子供達が走り回っていた。それも昔の私のようで、懐かしく思えた。

本当に何も無い町だけど、やっぱり景色は素敵なもので溢れていた。

暗いトンネルを通り抜けた後、明るい光が私を包み込む。

街のビルやマンションの景色は変わらないけれど、どこかが今までとは違った。

春の雰囲気が漂い始めているのかもしれない。


電車を降りると、いつも通り人が溜まっているのがわかった。

登校中の学生や通勤中のサラリーマン、お買い物に出掛ける途中の主婦など、色んな人で溢れかえっていた。

切符を改札に通して、駅の外に出る。

いつも歩いていた道も全く違って、なんだか別の道を歩いているみたいだった。

チュンチュンと小鳥が囀り、ニャアと野良猫が道の脇から出てくる。

春だな、って思う。

今日は長い間歩いた気がした。

周りの景色にうっとりしている間に、かなり時間が経っていたみたいだ。

校門の前には、大きな桜の木が生えている。その木には蕾が実っていて、所々桜の花が咲いていた。

「おはよ、桜井」

ぼーっと桜の木を眺めていた私に声をかけたのは、もちろん赤坂だった。

「今日、ついに合格発表だな」
「うん、そうだね」

そう、今日は合格発表日だった。放課後の頃に発表されるみたい。

その結果により、これから先どう進むかが決まっていく。

「"合格"も"不合格"も、同じ一語なのに、全然意味が違うんだよね。本当に不思議」

私は赤坂に微笑みかけた。すると赤坂も微笑み返してくれて、二人で意味もなく桜の木を眺めていた。
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