【完】『藤の日の記憶』

そのとき。

一匹の大きな、丸花蜂か熊蜂かは分からなかったが、藤の花房の周りをブンブンと羽音をけたたましく立てながら飛び回りはじめた。

藤には甘い香りがある。

きっと呼ばれたのであろう。

が。

その蜂がなぜかカナの周りを回りながら飛んだ。

「カナやん、フレグランスつけすぎたんとちゃう?」

由美子は心配そうに言った。

だが。

虫がどうやら大嫌いであったらしく、

「あっち行きって…なんやしつこいなぁ」

カナの顔が次第に不機嫌になる。

「そのまま動かなければいなくなるって」

一誠が言う。

蜂が大きく動いた。

泉は思わず後ろへ体を開いたが、その弾みで尻餅をついた。

枝か梢が触れたらしい。

藤が少し揺れて、紫色の花が白洲にパラパラと落ちた。

カナは段々腹立たしくなり、

「なんで泉くん助けてくれへんの!」

カナは泉に八つ当たり気味に怒りをぶつけた。



< 11 / 16 >

この作品をシェア

pagetop