【完】『藤の日の記憶』

「ねぇねぇ、一誠くんのオトンってギャンブラーなの?」

「まぁえげつなかったな」

泉が水を得た魚のように喋り始めた。

「だいたいこいつん家、会社やってたのにオトンが車と競馬に金使って、大学の入学金なんかみんなでカンパして集めたんやで」

「まぁ奨学金もらえる成績でもなかったしな」

一誠の天ざるが来た。

「あ、おれは…時間かからんのどれです?」

「天丼は早いです」

「じゃあ天丼」

向き直って、

「で、会社売ってようやく借金払い終わったら、こないだの大震災で、直後に脳梗塞でオトン倒れて、そのまま他界してもうてんやもんな」

「湿っぽくなるなぁ」

「しかも家は壊れるしで、そんでこいつ、オカンの知り合い頼って神奈川に疎開してたってわけ」

「まあな」

一誠は蕎麦を手繰る。

ほどなく泉の天丼が来た。

慌ただしく掻き込むと、さすがに変な箇所に入ったのか、泉は噎せはじめた。

「ほんま子供みたいやな」

カナが介抱しながら、しかしその光景に違和感をなぜか一誠は感じなかった。



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