攻略なんてしませんから!

出会いイベントとギベオン



― 一人たどり着いたカフェテリアでは、異様な雰囲気としか言いようが無い空気が流れていた。

 貴族科と魔法特進科の生徒が主に使用するこのカフェテリアは、貴族のサロンと思ってもいいくらいの優雅な雰囲気がいつもなのに、今日は何処か怯えを感じる。周りを見渡してみると、混雑はしていないけど、その場を避けているのが見て解る。ポツンと一人テーブルでお茶を飲む薄紅色の緩やかな三つ網の髪。その足元には、可愛らしい外見の少女には不釣合いの大きな獣。

(あのダークシルバーの毛並みは、ギベオン)

 飲み物の入ったカップを手に、憂いを含んだ顔で外を眺めているルチルレイの姿。その足元には、大人しく座ったままのギベオン。それだけなら多少の違和感で済むのですが、私には先程から既視感に悩まされている。
 貴族科や魔法特進科の生徒のみのこの場所。一人でカップを傾けている少女とその隣に優雅に寝そべるダークシルバーの毛並みをした大きな狼。その符号にハッとした。

(そうだった、この場所で一人優雅にティータイムをする少女。本当ならアメーリアのOPムービーが流れるイベントだ!)

 気付けば思い出せるその映像。
 アイクお兄様が微笑みを浮かべて手を差し出し、その手に掴まって案内されるのはラズーラ王子殿下とリモナイト王子殿下の待つテーブル。その背後にはジャスパー様が従い、少し送れて無表情のマウシット様と最後の攻略者、カルシリカ=ホーランダイト様が癒しの笑みを浮かべてやってくる。

(アメーリアは貴族の令嬢だから、皆纏めて出会って挨拶っていうのが最初のイベントだった。ルチルレイは面識の無い上級貴族だったから、別々に出会うんだよね。でも、アメーリアのイベントの時にルチルレイは居無かったよ?)

 思い出した記憶をどんなに再生させても、アメーリアを中心で動いていたのだから周りが見えるはずが無い。ルチルレイイベントで出逢うのは、王道のメイン攻略者であるラズーラ王子殿下。こんな場所でお茶してる場合じゃないはずなんです。
 だって、個別で出会って、皆はルチルレイの無垢で純粋な笑顔に一目惚れをするんだから。

(ギベオンのオーラの強さで、遠巻きになっている状態に、憂い顔をして落ち込んでるルチルレイってイベント開始できるの!?)

 私にはアイクお兄様というキーキャラが居ますので、出会いイベントとかは全然問題ないでしょう。ルチルレイの出逢いイベントは、アメーリアのように一纏めではなく、光り輝く中庭や教室で、守護聖獣と共に居るところを攻略対象が宝物を見つけた感覚になるらしいんだけど。ギベオンがそういう場所に喜んで行くとは思えないし…。

「アリア、お待たせ。テーブルが空いていないの?」
「アイクお兄様」
「ラズ殿下とリィ殿下もご一緒なんだ、こっちにおいで。席もまだあるよ」
「は、はい」

 アイクお兄様から差し出される手に自分の手を乗せ、ゆっくりとラズーラ王子殿下とリモナイト王子殿下が待つテーブルへと歩き出す。やっぱりこれは、アメーリアのイベントOP。此処から攻略対象者が集まっていってゲームがスタートする。

『久しいな、娘よ』

「え?」

 耳に届くのではなく、直接頭に伝わる声。低くて引き込まれるような魅惑的な響き、その声が聞こえた途端目の前に広がった一面の闇。いきなり変わった目の前の景色に、慌てるなというほうが無理だろう。いつも一緒のハウライトもオブシディアンも居ないなんて、有り得ない!!

「え、ど、どこ?アイクお兄様達は?ハウライト、オブシディアン!?」
『落ち着くが良い、我の世界にお前を引き込んだに過ぎん』
「ギベオンの、世界……?」

 声の方へと視線を向けると、其処に立っていたのはジャスパー様と同じくらいの大柄の男性。髪長めで色は夜空のような濃い青かな?藍色と言った方がいいかもしれない。頭の上には三角の耳が生えていて、私を見つめてくる瞳は銀色。服装は軍服のような黒のジャケットで、アクセサリーとして銀の鎖が付いている。背後にはふわふわとした大きな尻尾が揺れていた。

(これが、ギベオンの人型なの…?)


< 13 / 21 >

この作品をシェア

pagetop