アレキサンドライトの姫君
エーデルの目の前に差し出されたその紙に視線を落とすと見慣れない文字の羅列が一文、書かれていた。

「これは…?」
「エーデル、この言語に見覚えは?」
「いえ。全くありません」

訝しげに彼を見つめながらきっぱりとした口調でそう告げると、

「やはりな」

ディルクは小さくそう呟いた。

「殿下。これは一体何なのですか? 私がこちらへ突然連れてこられたことと何か関係があるのでしょうか?」

分からないことが点在する頭の中で、この紙に記された一文と自分がここに来たことが何故か繋がった気がした。
どうしてかは分からない。
だだ直感的にそう思ったのだ。

「貴女はなかなか鋭い」

口元に不敵な笑みを浮かべ、ディルクは続ける。

「これは、この大陸の遥か東…更に海を隔てた先にある国の言語だそうだ」

大陸の先の…更に海の向こうの東の国?
見当もつかないほど遥か遠い国の見たこともない言語。
それが意味しているのは…?
新たに沸き起こる疑問を消化できず、エーデルは縋るようにディルクへ視線を向けた。

「ここに書かれている文字は、『ヴァルトニアの国宝は、私が頂戴します』…」
「ヴァルトニアの国宝?」

そう反芻しながら、エーデルは母国を思い返した。
エーデルが生まれ育ったヴァルトニア公国には豊かな鉱山があり様々な鉱石が採掘されている。その採掘量やそれらが齎す国益など詳しいことはよく分からない。
更に、国宝のことなど知る由もないただの一貴族の娘には、その国主である大公の宮殿の宝物庫にでも眠っている宝飾品なのだろうか…ということしか考えられない。
国宝というくらいなのだから、さぞ歴史的価値のあるものなのだろう。
いろいろ考えを巡らせれば巡られるほど、先ほど繋がったと思われた点と点を結ぶ線が離れていきそうになる。
答えを求めるようにディルクを見つめると、ディルクは神妙な面持ちで静かに告げた。

「エーデル。『ヴァルトニアの国宝』とは、つまり貴女を意味する比喩だ」
「え?」
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