アレキサンドライトの姫君
第二章 ヴァルトニアの国宝

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ーーー国宝?私が?…何故?

疑問しか浮かばない。
『アレキサンドライトの姫君』という通名は知っている。それは幼い頃から多くの人に言われ続けてきたから。
本来『姫』などと呼ばれるような高い身分ではないのだが、きっと誰かが親しみを込めて言い出したであろうその愛称に謙遜つつ、光栄で嬉しいものでもあった。
しかし、『ヴァルトニアの国宝』という呼び名は初耳である。
父からも兄からも友人からもそのような話は聞いたことがない。
いくらこの瞳が珍しいからといって国宝とは過大評価ではないだろうか。
むしろこの程度が国宝であるはずがない。

「それは私のことではありません。国宝というくらいですもの…きっと歴史的価値の高い…重要文化財などではないのでしょうか?」

その訴えにディルクは口元に淡い笑みを浮かべたまま左右に首を振った。

「いや、この比喩は確かに貴女のことだ。ヴァルトニア国内のことは分からないが、少なくとも我が国や周辺国ではこの呼び名と貴女がイコールで繋がる」

思わず呆然としてしまう。
これが、噂に尾鰭が付くということなのだろうか。

「初めて知りました。…まさか、私が…」

この珍しい瞳のことが近隣諸国にまで広まっているというのは知っていた。
それらは主に国を転々と旅する者たちが吹聴していると聞いたことがある。
吟遊詩人たちが各国で口々にエーデルのことを唄い、商人たちは己の売り物の宝石よりエーデルの瞳を褒め称える。
…そんな風に少しずつ広まった『アレキサンドライトの瞳を持つ少女』の噂が知らぬ間に誇張されそんなに大きくなっていたとは。

「貴女のその類い稀な美しさ、そしてその瞳は国宝と呼ばれるに相応しい価値を持つものだ」

愕然と肩を落としながらも、自分がここに招かれた理由がわかった。
やはり点と点を結んだ線は繋がっていたのだ。

「殿下。一体誰が何のためにこの紙を? そもそもこの紙はどう殿下の元へ届けられたのですか?」

アレキサンドライトの瞳が様々な色へ変化しながら真剣な眼差しで強く問いかけるエーデルにディルクは笑みを零す。

「……本当は、貴女と蜜月のように甘い時間を過ごしたいと思っていたのだが」

冗談とも本音とも分からぬような口調でディルクはそう言うと端整な顔立ちに自嘲するような表情を被せてから、やがて仕方なさそうに肩を竦めてゆっくりと語り始めた。
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