アレキサンドライトの姫君
ヴァルトニア公国の宮殿がすっぽり2~3棟は入ってしまうのではないかと思われるほどの広大な敷地を持つハインリヒの王宮は、建物の内部も外壁も精巧な彫刻が随所に施され、配された調度品も美術品もその全てが豪奢だった。
総大理石造りの回廊を歩きながら色取り取りの花が咲き乱れた緑豊かな庭園を眺めると、緑によく映える白御影の彫像が所々に配されているのが目に入る。どこからか聞こえてくる噴水の水音も耳に心地よく、思わず息を大きく吸い込んだ。

「素晴らしい庭園ですね」

枯葉一つ落ちていない手入れの行き届いた素晴らしい庭園は庭師たちが丹精込めて絶えず世話をしているのだろう。

「そうだな。あまり庭園を愛でる時間はないのだが、ふと目を向けるだけで癒される景色ではある」

エーデルに釣られるように庭園を一瞥してから再びエーデルへと視線を戻したディルクは眩しそうに見つめた。
庭園に目を奪われているエーデルはそれに気付かず、…やがて、回廊は聖堂の扉へと繋がっていた。
人の背丈の倍以上はありそうな扉をディルクが押し開くと、遥か先の正面に祭壇が見えた。
エーデルが足を踏み入れるとディルクはその扉を閉めて祭壇の前へと促す。
外部から遮断された神聖な空間。

「素敵…」

たくさんの燭台の蝋燭が揺らめき厳粛な空間の静寂を払うように声が反響した。

「ここは王家専用の聖堂。日々の礼拝から冠婚葬祭に至るまで、王族だけが使用できる」

天窓のステンドグラスから差し込む陽射しは色を変化させて、規則的に並んだ長椅子へと落とし込んでいる。
祭壇へと歩み進む二人にその光が降り注いだ時、エーデルの瞳は複雑な色合いを湛えて煌きディルクの双眸もまた琥珀と漆黒が澄み切った色で輝いた。

「貴女との婚礼も勿論ここで執り行われる」

その言葉に、エーデルはディルクの顔を振り仰いだ。

「この場で、もう一度 改めて言おう。…エーデル、私の妃になって欲しい」
「私で…よろしいのですか?」
「貴女でなければ駄目だ」

色彩の違う瞳は真摯な眼差しでエーデルを包み込み、その力強い口調が心地よく心を満たした。

「私の妃になってくれるな?」
「はい」

祭壇の前で手を取り合ってそう誓い、エーデルは歓喜に胸が震えた。
抱き寄せられそうになった時。

「ディルク殿下。いらしていたのですね」

祭壇の奥にある壁と一体化したような扉が開かれると、そこから緋色の祭服を身に纏った男性が現れた。
その祭服から察するに枢機卿と見受けられる。

「シャルフ大司教」

ディルクが呼んだその名にエーデルは目を瞠る。
そして、その人物を確認した瞬間、

「シャルフ猊下!」

思わずそう叫んでいた。

「まさか…、エーデルシュタイン様…ですか!?」
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