アレキサンドライトの姫君
薄暗い聖堂内で確かめるように名を呼びながらシャルフ大司教が歩み寄る。
祭壇の前でディルクに寄り添うように佇むエーデルへ懐かしむような暖かい視線を送りながら大司教は嬉しさを滲ませた声色で言った。

「お懐かしゅうございます、エーデルシュタイン様。あの頃に増して一層お美しくなられて…。ディルク殿下がエーデルシュタイン様を妃に…という話は聞いておりましたが、既にこちらに来られていたとは」
「ご無沙汰しております、猊下。まさかこちらの聖堂にいらっしゃるなんて…。お会いできて嬉しいです」

長い銀髪を首の後ろで一纏めにしたその美丈夫な大司教は、確か以前エーデルと十ほど歳が離れていると言っていた。
あの頃から五年経っていることもあり大人の男性特有の余裕さを漂わせた大司教は、緋色の祭服が禁欲的な色香を発しているかのように仄暗い聖堂に良く映えている。
久しぶりの再会を喜んでいる二人を見遣りながら、

「面識があるようだな」

腕を組んで憮然とした口調で呟いたディルクに向けてシャルフは穏やかに告げる。

「五年程前、巡礼でヴァルトニアの聖堂に参った際、エーデルシュタイン様にお会いしました。私がヴァルトニアに滞在したのは三日程でしたが、信仰熱心なエーデルシュタイン様は聖堂に足繁く通っていらっしゃって…」

そんな経緯で意気投合したというわけか…とディルクは心の中で独りごちていた。

「あの時もそうですが…。貴女に会う度に還俗という誘惑に負けそうになる私は…まだ修行が足りないようです」
「え…?」

あの時…五年前といえばエーデルはまだ12歳だった。12の子供相手にそんなことを思うはずもなく、それがただの言葉の綾であることを悟るとエーデルは静かに微笑んだ。

「冗談ですよ。私はこのハインリヒ王家に忠誠を誓った、聖職者ですから」

冗談だと言いながらもエーデルを見つめるその眼差しには恋情が含まれているのをディルクは見逃さない。
そんなディルクの様子を悟ったのかは不明だが、大司教は不意に二人を瞬がず眺めて、

「こうしてお二人の並んだ姿を見ていると、神の思し召しだと確信しますね。虹彩異色症(ヘテロクロミア)の殿下と変光虹彩(アレキサンドライト)の瞳のエーデルシュタイン様…神秘の瞳を持つ者同士」

穏やかに優しくそう呟いた。

「大司教、邪魔をしてすまなかった。…エーデル、そろそろ戻るとしよう」
「はい、ディルク様。ーーーそれでは、猊下、失礼します」
「またいつでもいらしてください。貴女はここを利用できるお立場なのですから」
「いえ。私はまだ正式な王族ではありません。そんな私がここに来るのは烏滸がましいと存知ております。…婚礼後に、また」

優雅な会釈はきっと誰の目にも眩しく映る。
厳かな静寂の中に薔薇の残り香を残し、神に導かれた神秘の双眸を持つ美しい二人は聖堂を後にした。

宮殿への道すがら、

「近いうちに貴女の家(クラウゼヴェルク家)に遣いを出そうと思っている。先日の非礼のお詫びと近況の報告を兼ねてな」

ディルクはエーデルにそう告げた。
家族のことがずっと気にかかっていたエーデルは手放しで喜びたい気持ちを抑えながら礼を言う。

「ありがとうございます。嬉しいです」
「貴女も手紙を書くといい。使者に持たせよう。あとで道具を届けさせる」
「はい」

そう言われ、弾む気持ちのまま何を書こうかと思案する。
エーデルの部屋の前まで送ってもらい仕事があるというディルクと別れて部屋に入ると、早々にミーナが道具を持って現れた。
王家の紋章入りの便箋と封筒、ペンとインク、そして蝋印と封蝋まで揃えられている。
しかも、蝋印に彫られていたのはハインリヒ王家の紋章とエーデルの頭文字『E』。
いつの間に誂えたのか…。
それを見た時、初めて実感としてハインリヒ王家に嫁ぐのだと意識した。

……今日は、いろいろなことがあった。
謎の異国語の手紙のこと。
第二王子ヴェルホルトとの出会い。
シャルフ大司教との再会。
机に向かいながら反芻していると不意に瞼が重くなった。
空腹ではあったが襲いかかる睡魔に勝てず、エーデルは机に突っ伏してそのまま眠りに就いた…。
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