アレキサンドライトの姫君

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「お身体は大丈夫なのですか?」

いつも決して無駄話の一つもしないイルザ女官長が突然そう尋ねてきたので、エーデルは驚いて咄嗟に顔を上げた。

…今朝。入浴後に寝台で眠ってしまったエーデルは昼前に目を覚まし、昼食を摂ってからイルザの講義を受けることにした。
ミーナは休んだほうがいいと言ってくれたのだが、明日に迫った夜会直前のこの講義をどうしても休む気になれず気力を振り絞った。
大勢の来客の前で失態を冒すわけにはいかない。
婚約披露という意味合いも兼ねている夜会。
主役であるディルクの顔に泥を塗るような真似だけはしたくないから。

「…ありがとうございます。大丈夫です」

そう返事をしながら、『体調不良のため、講義の時間を午後からに変更して頂きたい』…ミーナが伝えたであろうその理由からの表面的な心配だろうと思っていた。
しかし、イルザが続けたのは衝撃的な言葉だった。

「それにしても、ディルク様は随分と手荒な真似をなさったようで。私はそのようにお教えした覚えはないのですけれど」
「え…?」

すぐには意味が理解できず、エーデルはイルザの顔を凝視してしまう。

「エーデルシュタイン様の首元、痕が隠しきれていませんわよ」

そう言われて、咄嗟に胸元に視線を落としてみるものの胸元の鬱血は先程ミーナが白粉で丁寧に隠してくれたためこのくらいの至近距離でなければ分からないくらいだった。しかし、首元は鏡がないと見られないために確認ができない。
支度中は見分けがつかぬほどに綺麗に隠してくれていたはず。無意識のうちに指で擦って白粉を落としてしまったのだろうか。

「恥ずかしがることはございません。宜しいではありませんか。いくら純潔でも人の手が加えられていない原石など所詮ただの石。宝石は磨き上げられた後にこそ価値が出るものですよ」
「どういう意味、ですか?」
「そのアレキサンドライトは快楽を知れば知るほど磨かれ更に美しく輝くことでしょう。まさに『ヴァルトニアの国宝』の名に相応しいほどに」

鋭い眼差しを愉しげに光らせて、赤い唇の片端が意味ありげに持ち上げられる。
その瞬間、『この荒削りのアレキサンドライトの原石が男を知って輝きを増したらーーー』というヴェルホルトの言葉を思い出した。
やはり、イルザとヴェルホルトは繋がっている?
何かを企んでいるのかもしれない…そう思うのは考えすぎなのか。
『ヴァルトニアの国宝は、私が頂戴します』
あの謎の言語の一文すら思い起こさせるその比喩に、エーデルは眼差しに警戒を滲ませた。
そんなエーデルの視線を受け止めながら、イルザは更に煽るような言葉を吐く。

「しかし、大切な夜会前だというのに見境なくそのように肌に痕を残すなど…ディルク様を少しお叱りしないといけませんわね」
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