アレキサンドライトの姫君
何なのだろうか、この物言いの違和感は。
まるでディルクとの間に特別な関係があるかのような含みに、胸の奥が騒めいて止まらない。
ミーナの話によれば、女官長はヴェルホルトの教育係だったはず。男女の関係にあるというのもヴェルホルトだけではない…ということなのか。
まさかディルクも?
焦りなのか嫉妬なのか怒りなのか、自分の中で醜い感情が渦を巻きそうになる。

「あら、ご存知ありませんでしたか? ディルク様の伽(とぎ)の手解きをしたのはこの私ですのよ」

端的に告げられた決定打に胸を貫かれた。
何故か勝ち誇ったように瞳を歪ませて嗤うイルザから敢えて目を逸らさずエーデルはずっと睨むような視線を送っている。
それさえも愉しそうにしながら、イルザは更に追い討ちをかける。

「エーデルシュタイン様も、もし閨でディルク様を満足させる術(すべ)を習得したいとお考えなのでしたら私が練習台を連れて特別講義に伺いますわ」

途轍もなく卑猥な言葉をあまりに淡々と普通の会話のように話すものだから、エーデルも負けじと動揺を見せないように平静を装って尋ねる。

「その練習台というのは、一体どなたのことを仰られているのですか?」
「あら、練習台にご興味がおありですか? エーデルシュタイン様のお相手ができるんですもの、練習台になりたいと志願する男なんてきっと掃いて捨てるほど居るでしょうね。もっとも…エーデルシュタイン様のその見事なお身体を前にしてちゃんとお役目が果たせる男がいるのかどうか怪しいものですけど」

なんという不潔で悍(おぞ)ましい科白なのだろうか。
思わず身震いしそうになる身体を気力で抑制する。
エーデルの問いなどあっさりと躱し、それどころか更にエーデルを激昂させるような科白を吐くあたり、一枚も二枚も上手ということなのだろう。

「さぁ、冗談はこれくらいにして、今日の講義を始めましょうか」

イルザは表情も口調もいつものに事務的なものに戻し、教本を開いた。
ただ揶揄われているだけなのか。
どこまでが本気で、どこからが冗談なのか。
この仮面のような表情の下に何を考えているのか。
何も分からない上に、結局ただ弄ばれただけのような気がしながらも、エーデルは教本の文字を目で追った。
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