アレキサンドライトの姫君
「アムスベルク侯爵ご夫妻、お着きにございます!」

大広間の入り口に到着した貴族たちの名が次々と高らかに呼び上げられ、そのまま貴族たちは王族が勢揃いしている上座へと挨拶にやってくる。
まずは最高位である国王陛下へ。そして、王太子である第一王子ディルクへ。
王族にも階級があり、それを了知している貴族たちはその地位順に次々と挨拶を述べてから、それぞれが華やかな夜会の輪の中に散っていく。
音楽隊が奏でる舞踏曲に乗ってダンスに興じる者。
歓談する者。
食事を楽しむ者。
そんな様子を視界の端で捉えながら、エーデルは一組一組丁寧に果てしない招待客への挨拶をこなしていた。
…もう、何度こうしているのだろうか。
何百という会釈と挨拶を招待客と交わし、ディルクの傍に寄り添いながら微笑みを絶やさない。
『宝石は宝石らしく美しく輝いていれば宜しいのです』
女官長の嫌味な言葉どおり、エーデルはこの国の主要貴族に好印象を与えるという目的に重点を置いてにこやかに応対した。
掛けられるのは、婚約祝いの言葉と不本意に広まった『アレキサンドライトの姫君』という呼び名への評価と容姿の称賛。
同じような言葉の応酬。光栄ではあるものの辟易してくるのは否めない。
それでも、そんな様子など微塵も感じさせないように、ただただ微笑む。頬の筋肉が痙攣しそうになっている気がする。
挨拶を終えた貴族たちが歓談の輪の中に溶けても尚、人々の視線はエーデルへと無遠慮に注がれ、音楽隊が奏でる舞踏曲に掻き消されることもない談笑の中に自分への評価が含まれているのを感じ、緊張と不安で震えそうになるのを必死に堪えながら。
とにかく早く時が過ぎ去って、無事に夜会が終わってくれるのを願っていた。

「これでやっと挨拶が終わったな」

最後の招待客だったらしい夫妻への挨拶が終わり、ディルクが労うように腰に手を添えた。

「エーデル、疲れただろう。大丈夫か?」
「はい…」
「顔色が良くないな。控えの間に戻るか?」
「いいえ、大丈夫です」

小声で囁き合うようなやり取りだったにも拘らず。

「僕が控えの間に連れて行こうか、兄さん」
「いえ。僕が行きます」

ヴェルホルトとグランツが横から名乗りをあげる。

「結構だ」

一喝するように二人を睨み、ディルクは二人から遠ざけるようにエーデルの肩を抱き寄せた。

「無理はするなよ、エーデル」
「ありがとうございます」

ディルクに肩を抱かれ促されるまま、用意されていた席に着いてひとつ深く息を吐いた。
改めて見渡す光景は、まさに目も眩むような燦爛たる豪華な夜会。
ヴァルトニア公国の大公主催の舞踏会も充分華やかで夢のようだと思っていたが、それとは遥かに規模が違う。
この広間は二間続きになっておりそれはどちらも見たことがないほど広大で、ひとつは舞踏の間、そしてもうひとつは晩餐の間というふうに分けられている。
立食式という晩餐形式を知らなかったエーデルにとってそれは衝撃的だった。
『立ったまま食事なんて…行儀の悪い』不覚にも咄嗟にそう思ってしまった自分をなんて世間知らずなのだろうと恥じた。
さすがは他国との貿易が盛んで異文化吸収力の高い最先端を行く大国・ハインリヒである。
貴族たちは慣れた様子で食器を持ち、料理を口に運ぶ仕草も着席の時と遜色ないほど円滑で上品で、会話も葡萄酒も楽しみながら振舞う所作の何もかもが優雅だった。
ヴァルトニアの社交界が古風で伝統的であるのに対し、ここハインリヒ王国の社交界は伝統的な部分を残しつつ都会的で、
夜会の雰囲気、そしてそこに集まる貴族たちの全てが洗練されていて、エーデルはいかに自分が鄙びているかを思い知らされたような気分で疎外感に苛まれていた。
結局いくら『アレキサンドライトの姫君』だと『絶世の美女』だと持て囃されたとしてもそれはヴァルトニア公国内の評価であり、このハインリヒ王国に於いてはそれに何の価値もないように感じられた。
それほどまでに、この国の貴族は老若男女問わず眩しかった。
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