アレキサンドライトの姫君
第六章 婚約披露

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「これで…夜会に出るのですか?」

鏡に映された自分と隣に佇むディルクの姿を見て、エーデルは頬を紅潮させながら声を張った。

「何か意見でもあるのか?」

鏡越しに視線を合わせて憮然とそう尋ねるディルクの姿と自分を交互に見比べ、エーデルは更に顔を赤らめた。

「いえ…意見というか…。……これではまるで婚礼衣装ではありませんか」

着飾った二人の身に纏っているのは純白の礼装。それは恰も婚礼衣装を彷彿させるものだった。
極上の白絹のドレスにはレースや刺繍などといった繊細な装飾が施され、更に大小様々な真珠がふんだんに散りばめられて縫い付けられており、ヴァルトニアではお目にかかったことのないような斬新かつ華やかな装いで、まさに大都市の名に相応しいこの王都ならではのものだと思ってしまった。
ディルクが纏っている礼服もまたエーデルの白絹と同じ生地で誂えられていて、右肩から斜めに大綬と呼ばれる帯が掛けられそこには勲章や階級章のようなものが付けられている。
純白の礼装姿が映える長身のその姿は神々しいほどに凛々しく、鏡越しにでさえ直視するのを躊躇ってしまうほどにエーデルの心をときめかせていた。

「エーデル様はこれに冠(ティアラ)とヴェールをお掛けになれば、完璧に婚礼衣装ですね」

鏡越しにエーデルのドレスの繊細な装飾を綺麗に整えながら満面の笑みでミーナが言う。

「本当にお似合いですわ、エーデル様。なんてお美しいのでしょう…」

惚けるようにミーナがうっとりと目を細めて二人の姿を眺めながら感嘆の吐息を漏らした。

「本当の婚礼衣装はこれ以上のものを用意させている。楽しみにしているといい」
「ディルク様。既にお衣装部屋にあれほどのドレスを用意してくださっているのに、これ以上は…」

語尾を濁しながらエーデルは不安げに長い睫毛を震わせる。
女官長から受けた教育の中にもあったが、この王宮にかかる経費の全ては国民からの税で賄われているのをエーデルは知っている。
だから、その大切な税をこれ以上自分のために使われるのは心苦しいものでもあった。

「案ずるな。あの部屋のほとんどのものが私の母のものだ」
「え…?」
「私の母は早逝だった故、袖を通さなかったドレスが多数残された。それを貴女のために手直しさせたのだ」
「王妃様とエーデル様ではサイズが異なりますし、当時と今では流行も違いますしね」

ディルクの言葉にミーナが補足し、更に付け加えるようにディルクが言葉を被せる。

「だから、一から作らせるよりは遥かに費用も抑えられている。何より、私としても、母のものをこうして貴女に身に纏ってもらえるのは嬉しい。それは父も同じだと思う」

エーデルへと身体の向きを変えて眩しそうに嬉しそうに微笑みながらそう言われ、エーデルもまた安堵と歓喜が込み上げた。

「ちなみに、今お二方がお召しになっているこの礼装は、元々は国王陛下と王妃様の婚礼衣装だったそうですよ。それをお二人のために仕立て直したそうです」
「え!?」

ミーナに掛けられた言葉に驚愕し、改めてドレスを見下ろした。
このドレスもそうだが、衣装部屋のほとんどのものが大切に保管されていたであろう王妃のドレスだというなら、きっとこの国の高い技術を持った縫製職人が丹精込めて仕立て直したのだろう。原形を知らないとはいえ、どこをどう直したのかの検討もつかない。一般的な女性よりも長身のエーデルに丈もぴったりと合わされていて、豊かな胸にも細く括れた腰にも寸分の狂いもなく作られている。

「ただ保管して無駄にするより、こうして有効的に利用したほうが衣装も喜ぶだろうしな」
「ありがとうございます。大切に着させていただきます」

改めて感謝を述べると、ディルクは嬉しそうに微笑んだ。

「さぁ、エーデル。行こうか」

手を差し伸べられ、運命の夜会へと誘われる。

「はい」
「エーデル。この夜会で絶対に一人になってはならない。気をつけてくれ」

その手を取ると、腕を強く引っ張られ耳元に寄せた唇が小さくそう告げた。

「はい、わかりました」

この科白にどんな意味が含まれているのか。
緊張に警戒の色も含ませて、エーデルは唇を固く引き結んで頷いた。
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