アレキサンドライトの姫君
夜会も酣に差し掛かった頃。

「エーデル様」

背後から小さな声でミーナがそっとエーデルを呼んだ。

「何かしら?」
「エーデル様、御髪が少し乱れております。お直し致しますので控えの間へ」

その囁きはエーデルの隣に佇むディルクの耳にも届いたようで、頷きと眼差しで「行って来い」と促された。

「では、少し…失礼します」

ミーナに連れられて華やいだ雰囲気の広間から廊下へ出ると、広間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
時折忙しなく給仕に従事する者たちが食器や料理を運んだりする姿があるだけだ。

「ミーナ!」

突然背後からミーナを呼び止める声がし、ミーナと共にエーデルも吊られて振り返ってしまう。

「ミーナ、悪いんだけど急いで確認したいことがあるの」

ミーナを呼び止めたのは同じ侍女仲間らしい若い女性だった。その口調からも仕草からも急を要するのは一目瞭然で、エーデルは瞬時にミーナを仕事に向かわせようと決めた。
しかし、侍女はそう言った直後、ミーナの隣のエーデルの姿を捉えて表情を青ざめさせて咄嗟に頭を垂れた。

「も…申し訳ございませんっっ。エーデルシュタイン様がご一緒だというのに、私ったら…っ!」
「いいのよ。それより、何か急ぎの用事があるのでしょう? 私は先に控え室に行っているから、ミーナはそちらに行ってきて」

あの招待客の数だ。使用人たちが忙しいのは当然のこと。
王族と橋渡しが出来る侍女は限られている。ミーナに用事ということはそれが何か絡んでいるのかもしれないと思った。
幸い、控え室の扉はあと数歩先だ。

「でも、エーデル様」
「大丈夫よ、ミーナ。控えの間には鍵を掛けるから、外から声をかけてね」
「わかりました。ではすぐに戻って参ります。エーデル様、くれぐれもご用心を」
「申し訳ございません。ありがとうございます、エーデルシュタイン様」

ミーナと共に深々とお辞儀をしてから二人は廊下を小走りに去っていくその姿を見送ってから、エーデルは控えの間の扉へと手をかけた。
その時だった。

「アレキサンドライトの姫君…ですな?」
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