アレキサンドライトの姫君
唐突に背後からかけられたその声に肩をびくりと震わせた。
声音や口調から老爺であるのは間違いなかった。
宮殿内に仕える者以外の人の気配などなかったというのに……。
恐怖と驚愕を抑えながらゆっくりと振り向くと、そこには思った通りの老爺がにこやかな表情で立っていた。
長い白髪を後ろで一つに束ねて豊かな白い顎鬚をたくわえており、見るからに仕立ても布地も極上の礼服を身に纏っている。
先程、全招待客と挨拶を交わしたがこの老人の姿は見覚えがない。

「何か、私にご用でしょうか?」
「アレキサンドライトの姫君、お会いできて嬉しゅうございます。やはり貴女はヴァルトニアの国宝そのもの。どうぞ、これを」

そう言って差し出してきたのは、四つ折りにされた紙だった。

「…!」
「それでは、これにて私は失礼致します」
「お待ちください!」

踵を返して歩き出した老爺の背中に思わず声をかける。

「貴方は一体…っ」

思うように言葉が続かなかった。混乱する思考の中、ただその一言しか出なかった。

「私は…、そうですね、神の遣い…とでも申しておきましょうか」

穏やかな笑みを湛えて静かにそう告げた老爺を呆然と見つめる。

「アレキサンドライトの姫君、いつか…いずれまた」

そう言い残し一礼をして杖をつきながら廊下を歩き出した老爺の後ろ姿を一瞥して、エーデルは咄嗟に駆け出した。
老爺を追うのではなく、その反対方向ーーー広間のディルクの元へと。
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