糞蟲飼いメイデン

プロローグ『アフターエンド』

「ギャアアアアアアァァ！！！！」

　何処かで聴こえる断末魔。

　ソレは余りにか細く貧弱で、用水路に流れ込む汚水が如き人の群には聴こえない。

　幾ら彼等に問い掛けようとも返答は期待できず、只々拷問の様な苦痛が身体を蝕んでゆく。

　幾千幾万もの蟻に体を覆われ食まれてゆく中、己を無下に扱う通行人等に澱んだ恨みと憤怒の心が迸る。

　恨めしい。

　何故アナタ達は私を見てはくれないのだ？

　妬ましい。

　何故こうも貴方達は私とかけ離れているのだ？

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいぃ！！」

　誰も気づかぬ極小の命。

　知らずに通過し、知らずに踏み、知らずに潰し、知らずに殺し、知らずに恨まれ、知らずに呪われる。

　私達は知らない。

　彼等が断末魔を上げていることを。

　私達は知る由も無い。

　私達の中に『彼等』が紛れ込んでいることを。

「助けて助けて助けて助けて助けて助けて……」

　極小な悲鳴が誰にも聞こえず木霊している。

　か弱き叫びは今にも息絶えようとしている有様であった。

「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて……」

　ひたすらに助けを求め続けるは人にあらず。

　其処に蹲りしは胡麻粒にも満たない只の一匹の小さな『蟲』である。

　とはいえ我々のよく知る六本足の『虫』ではなく、我々のよく知る複眼を持つ『虫』ではない。

　我々のよく知る節足動物ではない。

　二本足で二本の腕のある二つの眼球を持った『蟲』である

「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて……」

　『蟲』は只々狂ったように助けを求めていた。

　『蟲』はただ音声を反復するだけの機械が如く声を出していた。

「やぁ、こんにちは。」

　そんな『蟲』に誰かが声をかける。

　純白のドレスを纏わせた肌も髪も白い少女である。

　ただ一点、左目だけが完全な黒に染まっていることを除けば彼女は白に満ちていた。

「助けて助けて助けて助けて……」

　『蟲』は眼前の少女の声に気付いておらず、ただ助けを繰り返し繰り返し求めている。

　そんな『蟲』に優しく微笑みかけ、彼女はそっと『蟲』を掬いあげる。

「私が助けてあげる……いや飼ってあげる。」

「可愛い可愛い……私の『蟲』ちゃん。」