副社長のイジワルな溺愛

「食事で男の胃袋を掴むのも大切だろ? 俺が試しに食べてやってもいい」
「……結構です」
「料理下手か」
「料理くらいできます」

 掴まれた手は少し力を入れたらすぐに解放され、ずり落ちていたリュックサックの肩紐を直す。


「料理はもっと練習して完璧にしてから、好きな人に食べてほしいんです」
「完璧にしてから、か。……分かった、無理強いはしない。帰っていい」

 もっと早く帰宅できるはずだったのにと心でぼやきながら長い廊下を進み、ようやく玄関らしくない玄関が見えた。


「深里さん」
「はい」
「これで帰りなさい。引き止めて悪かった」

 渡された一万円札に戸惑ってリュックサックの肩紐を掴んでいると、彼が強引に私の手を引いて開き、握らせてきた。


「送ってやれなくて申し訳ないが、気を付けて」
「……ありがとうございます。お邪魔しました」

 到着したエレベーターに乗って、操作盤で地上階と閉ボタンを押して顔を上げると、壁に寄りかかって小さく手を振る副社長がいた。

 
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